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弾道ミサイル防衛を素人向けに解説(後編)-パトリオットとTHAADミサイル

前編では「スタンダード・ミサイル3」と「GBI」について解説しましたが、これらは全て大気圏外をミッドコース(中間)段階の迎撃方法です。これは大気圏外での迎撃に特化しており、大気圏内に突入した場合には別の方法が必要になります。

それがターミナル(終末)段階で使われるパトリオットやTHAADミサイルです。後編では、その他に「迎撃ミサイルを爆発させずに直撃させる理由」や「ミッドコースとターミナル」を合わせたミサイル防衛戦略について簡単に触れていきましょう。

・前編-弾道ミサイル防衛を素人向けに解説-スタンダード・ミサイルとGBI

着弾直前の「ターミナル段階」で迎撃する

ミッドコース段階は大気圏外での迎撃でしたが、ターミナル段階では大気圏内もしくは付近での迎撃になります。

ターミナル段階でもスタンダード・ミサイル3などを使えないことは無いのですが、やはり大気圏内と大気圏外では要領が異なりますし、求められる能力も違います。そもそもターミナル段階はほんの一分足らずであり、着弾地点から離れた場所から迎撃ミサイルを発射しても間に合いません。

このターミナル段階における迎撃で克服しなければいけない課題は二つあります。

一つ目は、着弾地点付近に迎撃ミサイルを配備しなければならないこと。

二つ目は、瞬時に弾道ミサイルに向かって飛翔する能力があること。

このターミナル段階で求められるのは「機動力」と「瞬発力」です。どのような迎撃兵器が存在するのでしょうか?

大気圏内で迎撃する-「パトリオット・ミサイル(PAC-3)」

ターミナル段階で迎撃するための迎撃ミサイルがパトリオット・ミサイル(PAC-3)です。

車輌で牽引可能な兵器ですが、実際に運用する際にはミサイル発射機の他に、レーダー車輌や管制車輌など、合わせて十両近い車輌が必要になります。

ただし、一箇所に全ての車輌が固まっている必要はなく、ケーブルや無線が届く範囲であれば比較的ばらけて展開可能です。

広場や公園などに管制車輌らを展開し、見晴らしの良い場所にレーダーと電源車を設置、要所要所に複数のミサイル発射機を配備すれば準備完了です。

一台一台はそれほど大きな車輌ではないため素早い移動が可能で、日本全国どこにでも展開できます。

パトリオット・ミサイルは射程自体は極めて短い(20km程度)ものの、瞬間的に加速して目標に到達し、弾頭を直撃させることで弾道ミサイルが着弾する直前に撃墜します。メカニズムとしては一般的なミサイルとさほど変わりませんが、普通のものより小型で機動性が高く、高空でも機動性を失わないように、横方向にも推進装置(スラスター)が搭載されています。

優秀な迎撃ミサイルではありますが、大気圏内でミサイルを撃墜する都合上、核弾頭に搭載されている放射性物質が降り注ぐリスクがあります。

また、射程が短く迎撃時間も一瞬のため、配置を間違えれば迎撃できません。あくまで、重要な施設や都市の防衛のためだけに運用される最終防衛ラインを守る兵器です。

ちなみに、スタンダード・ミサイルは海上自衛隊が運用するのに対して、パトリオット・ミサイルは陸上自衛隊が運用する兵器になります。実際の迎撃では、両者の連携が非常に重要になるでしょう。

大気圏外で迎撃可能-「THAADミサイル」

大気圏内で迎撃すると放射性物質が飛散するわけですが、大気圏外であれば大気圏突入時に放射性物質は燃え尽きます。そのために作られたのがTHAADミサイルです。

ターミナル段階で迎撃する兵器ではありますが、大気圏突入前に撃墜するのが特徴です。場合によってはミッドコースに分類されることもあるのですが、ミッドコースに比べると迎撃チャンスが極めて短く、大気圏の境目に入った瞬間迎撃するミサイルと考えれば良いでしょう。

スタンダード・ミサイルやパトリオット・ミサイルにも搭載されているように、空気の薄い空間で弾頭を左右上下に制御するための推進装置(スラスター)が搭載されています。

これも車輌で運用が可能な迎撃ミサイルであり、どこにでも配備できるのが強みです。スタンダード・ミサイル3に比べると射程は遥かに短いですが、パトリオット・ミサイルに比べると長射程であり、中間的な運用が可能となっています。

また、大気圏外の弾道ミサイルを的確に捕捉するため、大型で高性能なレーダーを運用するのも強みです。自衛隊でもTHAADミサイル部隊向けに作られた「大型レーダーだけ」を運用している部隊があります。

日本のようにイージス艦にスタンダード・ミサイル3が配備されている場合には敢えて運用する必要はありませんが、スタンダード・ミサイル3を使えない国にとっては大きなメリットがあるはずです。

(次ページ: ミサイルを直撃させる理由)

ミサイルを直撃させる理由

弾道弾迎撃ミサイルでは、「ミッドコース段階」スタンダード・ミサイルなどを含め、基本的には「ミサイルを直撃させて弾頭を破壊する」というスタイルを取っています。直撃というのは文字通り直撃・衝突で、爆発させません。

普通のことに聞こえますが、実はミサイルの大半が何らかの炸薬を搭載して爆発させるもの。その一方で迎撃ミサイルを爆発させることは極めて稀で、しいて言えば核ミサイルで核ミサイルを迎撃する時ぐらいでしょう。

爆発させた方が威力が高そうに思われますが、弾道ミサイルの弾頭は超高速で飛翔しているため爆風の影響が極めて限定的(爆風を一瞬で通り過ぎる)で、破片を利用しようにも威力不足になる可能性が高いです。

一方、迎撃ミサイルが弾道ミサイルに到達するときの速度は大気圏外なら秒速数キロ、大気圏内で利用するパトリオット・ミサイルでも秒速1キロを軽く超えます。それに加えて、弾頭自体も超高速で飛んでいるため、相対速度で言えば秒速十キロ近くに達するわけです。

これは戦車の砲弾など比較にならない程の速度であり、下手に爆発させてしまうよりもそのままぶつけて圧倒的な運動エネルギーを利用して破壊した方が確実でしょう。

ただ、爆発させるなら多少場所がずれていても問題ありませんが、直撃させるとなると極めて正確な誘導が必要になります。

理想を言えば、超強力な炸薬か大質量の破片を使って広範囲にダメージを与えたいところですが、迎撃ミサイルの重量が重くなればその分速度が落ちるため命中率が下がります。なかなかうまく行きませんね。

ちなみに、衝突時に爆発しているように見えるのは推進用の燃料が炎上しているだけで、ミサイルの炸薬が爆発しているわけではありません。

段階的な迎撃戦略

さて、少し脱線しましたが、ここまでの解説で弾道ミサイルがどこにあるかによって使える迎撃ミサイルが変わるというのは分かってもらえたのではないでしょうか。

おさらいすると、「ブースト(初期)」「ミッドコース(中間)」「ターミナル(終末)」と順番に弾道ミサイルの状態が移り変わっていく中、それぞれ適した兵器で対応していくということです。

国別で例を挙げると、

日本
・ミッドコース段階-「スタンダード・ミサイル3」
・ターミナル段階-「パトリオット・ミサイル」

米国
・ミッドコース段階-「スタンダード・ミサイル3+GBI」
・ターミナル段階-「パトリオット・ミサイル+THAADミサイル」

韓国
・ミッドコース段階-「なし」
・ターミナル段階-「パトリオット・ミサイル + THAADミサイル」

という形になります。

韓国はミッドコースは要らないのかという話になりますが、仮想敵国を北朝鮮とした場合は互いの距離が近いため、でミッドコース段階の時間はそれほど長くありません。スタンダード・ミサイル3の開発に日本が絡んでいて導入できないというのもあるのですが、THAADミサイルでも十分でしょう。

逆に、日本にTHAADミサイルはありません。THAADミサイルはパトリオット・ミサイルとスタンダード・ミサイルを足して半分にしたような性能なので、3種類無くてもミサイル防衛自体は可能です。ただ、スタンダード・ミサイルは海上配備が前提になるため、地上配備が可能な長距離迎撃ミサイルということでTHAADミサイルも今後は視野に入ってくるでしょう。

米国はあらゆる種類の迎撃ミサイルを配備していますが、そんなに必要なのでしょうか。実のところ、米国の場合は「本国の防衛」の他、「最前線の部隊」や「同盟国の基地」を守るために、あらゆる迎撃ミサイルが必要になのです。日本や韓国とは別の用途で迎撃ミサイルが必要になるため、日々莫大な予算をかけて新しい迎撃兵器を研究しています。

ちなみに、米国には「ブースト段階」で迎撃するためのレーザー兵器なども研究されています。敵国の領内に展開している必要があるため使い所が難しいものの、さすがは米国といったところでしょう。

前編・後編を通して様々な弾道ミサイル防衛の兵器を紹介しました。しかし、この弾道ミサイル防衛の戦略で全ての弾道ミサイルを完璧に防げるというわけではありません。

実はミサイル防衛には批判も多く、予算に見合わないとされることもあります。詳しく話すと長くなりますが、それについては別の記事で扱わせて頂きます。もう少し詳しく知りたいという方は、そちらもチェックしてみてください。

「弾道ミサイル防衛7つの疑問」へ続く

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