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研究所で培養された人工肉が、もうすぐ食卓にやってくる

2018年3月、アメリカに本拠を置く食品製造企業JUSTのCEOが驚くべき発表を行いました。同社は2018年内をめどに、レストラン向けに培養肉の製品販売に乗り出すと語ったのです。

培養肉とは、生きた動物から採取するのではなく、人工的な環境下で細胞を培養することで生産される食肉。現在の畜産でも食肉は採れるのに、どうして研究所で培養肉を作る必要があるのでしょう? 培養肉は普通の肉と何が違うのか、そしてどのように作られるのでしょうか?

培養肉とはなにか

培養肉とはその名の通り、人工的な環境下で細胞を培養して作られた肉です。いったい何を原料として、どのような工程で製造されるのでしょうか。

培養肉製造にまず必要になるのは、生物から採取される細胞です。食肉の大部分は筋肉から構成されるので、まずは生きた動物から筋細胞、あるいは筋細胞に変化する衛生細胞や成体幹細胞を取り出します

ここで、筋細胞を培養するのにどうして筋細胞以外が必要になるのかという疑問が出てきます。

実は筋細胞は、分裂の速度が遅い細胞なのです。そのため筋細胞の培養は効率が悪く、生産性がなかなか上がりません

そこで使われるのが衛生細胞や成体幹細胞です。これらの細胞は筋細胞に分化する前の、複数の細胞になる可能性を秘めた細胞なのです。筋細胞に比べて分裂の速度が速いという特徴があり、まずこれらの細胞を培養して数を増やし、それから筋細胞に変化させることで、製造効率を上げることができるのです。

これらの細胞は培養を始める段階で一定数採取できれば十分なので、大本の動物を殺す必要がありません。そのため動物愛護の観点からも注目が集まっています

こうして生体から取り出された細胞は、細胞分裂に必要な栄養素を含む培養液に浸されます。細胞が必要とする栄養はもっぱらアミノ酸、塩、ビタミン類、そして糖類。これに加えて血液に含まれる二酸化炭素と同じ濃度の二酸化炭素濃度、そして体温と同じ37度の温度を保つ必要があります。

こうした環境が整えば、細胞は自然と栄養を吸収し、分裂して数を増やしていきます。

ただしこれだけでは、肉が薄いシート状になってしまいます。高さと幅、厚みを持つ肉の塊を作るには骨格が必要。この骨格は、ちょうどアサガオのつるに添える支柱と同じような機能を果たし、分裂した細胞が厚みを持った塊となるための支柱となるのです。肉を剥がさなくてもそのまま出荷できるよう、「骨格」は食べられる素材でできていることが望ましいのだとか。

最初に必要な細胞を用意すれば、あとは培養液を適宜交換するだけで細胞分裂が続いていきます。理想的な状態を保てれば、豚肉の筋細胞10個から2ヶ月で5000トンの肉を製造できるという主張もあります。

培養肉の利点

今現在、食肉は畜産によって供給されています。供給をまかなうだけならそれで十分なのに、あえて培養肉を作るメリットはどこにあるのでしょうか?

一番の利点とされるのは、食肉の生産に必要なリソースの削減です。食肉の生産には飼料と水のほか、広大な土地が必要です。現在、1kgの牛肉を得るためには10kgの飼料と2000Lの水が必要だとされています。世界全体で畜産に割かれているリソースは莫大で、世界の水資源のうち28%、利用可能な土地のうち実に26%が畜産のために利用されているのです。

培養肉はこの状況を激変させる可能性を持っています。2011年、オックスフォード大学とアムステルダム大学の研究チームが共同で、培養肉が環境へもたらす影響について調査を行いました。培養肉は従来の畜産と比べ、最大で45%のエネルギー、99%の土地利用、96%の水を削減できるという試算が行われたのです。

このほか、温室効果ガスも最大で96%削減しうることがわかりました。生物の消化管で発生するガスや排泄物処理の過程からはメタンガスが発生しますが、これは温室効果ガスとしてふるまう物質です。畜産全体から排出される温室効果ガスは二酸化炭素換算で全体の約20%を占めると算定されており、食肉の消費は地球環境への影響が大きいと主張されてきました。

世界で消費される食肉を全て培養肉でまかなえれば、大幅な資源の節約につながるのです。

そのほか、品質や栄養の面でも利点があると考えられます。

畜産で生産される食肉は、生育環境である程度コントロールできるものの、個体によって品質にばらつきがあります。一方培養肉は、製造環境をより細かく制御することができるので、品質を高い精度で安定化させることができます。もちろん生きた動物から肉を採るわけではないので、鶏や牛が罹患する鳥インフルエンザや狂牛病のリスクは皆無です。

さらに培養肉は、肉そのものの栄養素を変化させることもできます。培養段階で肉に含まれるビタミンやタンパク質、脂質の割合を調整すれば、よりヘルシーな肉の製造が可能になり、消費者の健康増進にもつながることが期待されています。

これまでの取り組みと商品展開

培養肉製造のベースとなる筋細胞の培養は、1971年にはすでに実証されていました。その後、1990年代には幹細胞の培養技術が確立され、少数の細胞をもとに多数の細胞を作るということが現実味を帯びてきました。こうして下地が確立されたことで、2000年代に入ってから複数の大学や研究機関が食用の培養肉研究に参入することとなったのです。

一例として2003年にはハーバードメディカルスクールがカエルの幹細胞を培養した小さなステーキを作り、デモンストレーションとして実際に調理と試食を行いました。2009年には「Time誌が選ぶ2009年のイノベーションTop50」の一つに選ばれるなど、しだいに注目度を増していきます。

2013年にはマーストリヒト大学の教授が培養肉ハンバーガーを調理するというデモンストレーションを行い、世界的に広く報道されました。これ以降は研究機関だけでなく企業も培養肉の研究に参入し始めたのです。

企業の参入は培養肉の普及にとって大きな一歩といえるでしょう。なぜなら、製造コストの大幅なダウンにつながったからです。

培養肉の普及にとって、製造コストの削減は大きな課題です。2008年に作成された調査報告では、培養肉の最終的な製造コストは1トン当たり約5500ドルになると予想されていました。一方現実には、2008年時点で250グラムの牛肉を培養するには100万ドルを要したのです。2013年のデモンストレーションで作られた培養肉ハンバーガーはおよそ2800万円の価格がつけられました。とても商品展開はできない水準です。

近年になり、企業がコスト低下を主導することで状況は変わりつつあります。アメリカに本拠を置くメンフィス・ミーツ社は2016年に培養ミートボールを調理しましたが、その時のコストは1kgで約4万ドル。まだまだ高いとはいえハンバーガーよりも一桁コストが下がっています。

同社はたゆまぬコスト削減に取り組んでおり、2017年時点での製造コストは1kg当たり約5000ドルと、1年でさらに一桁のコスト削減を実現しています。

こうした急速な製造コスト低下は、培養肉の市場投入に拍車をかけると予想されます。メンフィス・ミーツ社は今後数年以内に富裕層向けに培養肉製品販売に着手する計画で、JUST社に至っては2018年内をめどに飲食店向けに製品を卸すことを目標にしています

日本で報道されることは少ない培養肉のニュースですが、世界的に見ると、実はもう目の前まで来ているのです。とはいえコストの問題が解決しても、次は消費者に受け入れられるかどうか、という次の問題が立ちはだかります。

本格的な市場投入が始まれば、否が応でも議論が巻き起こることでしょう。土地の利用法が重要な問題になってくる日本では、土地利用を減らせる培養肉はどのように受け止められるのでしょうか。

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