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弾道ミサイル防衛7つの疑問(後編)-突然の飽和攻撃に対処出来るか?

前編では「命中率」「高度」「速度」の面から弾道ミサイルの批判について考えてみました。その結果、確かに現在の弾道弾迎撃ミサイルには限界はあるものの、全くの無駄ではないだろうというのが分かったかと思います。

しかし、問題はそれだけではありません。性能的な問題だけではなく、純粋に戦略的な問題が残っています。それが、「突然発射されると対応できない」「大量に発射された場合はどうしようもない」「途中で分裂されたら防げない」「弾道ミサイルも進化する」などといった問題です。後編では、それらの疑問について考えていきましょう。

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突然発射されると対応できない


(スタンダード・ミサイル3の発射_USNavy

「弾道弾迎撃ミサイルの準備には時間がかかるため、突然発射された弾道ミサイルには対処できない」

はい。「パトリオット・ミサイル3」などは正にその通り。

最終防衛ラインを構築する「パトリオット・ミサイル3」は車輌十台を超える大規模な部隊によって運用され、部隊が駐屯している基地で展開させるにしても1時間前後はかかるとされています。

一方、弾道ミサイルは発射後十分から数十分で目標に到達します。北朝鮮から発射された場合にはほんの十数分。そんなに早くミサイルが到達したのでは、迎撃ミサイルの準備なんて間に合いません。

「パトリオット・ミサイル3」について言えば全くもってその通りなのですが、これはイージス艦搭載の「スタンダード・ミサイル3」には当てはまりません

確実性を高めるためにはイージス艦だけではなく、早期警戒機・支援艦・人工衛星・地上レーダーとの連携も必要ですが、イージス艦単独で弾道ミサイルを迎撃することも不可能ではありません。また、日本の場合はイージス艦を擁する複数の艦隊が常時任務についており、地上のレーダー施設や米軍の衛星などと協力して警戒を行なっています。

実のところ、こうしたイージス艦の「スタンダード・ミサイル3」はいつでも撃てる状態です。射程も本土の大半を網羅しているため、日本近海にいるのであればそれが3分後であっても撃てるでしょう。

しかし、突然発射された時に問題になるのが、「本当に弾道ミサイルなのか」「日本に向かっているのか」「迎撃して良いのか」の判断です。また、弾道ミサイルを発見できるのは発射されてから数分経った後

加えて、弾道弾迎撃ミサイル発射の判断はイージス艦の艦長が勝手に出来るわけではなく、総理大臣の判断になります。発見に数分、総理大臣に届くまでに数分、イージス艦へ迎撃命令が通達されるまでに数分となるとかなりギリギリです。

命令されてすぐに撃てるのかという話ですが、弾道ミサイルと思しきものが発見された時点でイージス艦の乗員は迎撃ミサイルの発射態勢に入ります。総理大臣から発射命令が届く頃にはボタン一つで発射出来る状態になっていることでしょう。

イージス艦による「スタンダード・ミサイル3」については抜き打ちの迎撃訓練も行われ、幾度となく成功しています。また、北朝鮮がミサイルの発射実験を行う度にイージス艦の乗員は迎撃態勢をとっているはずです。すぐに撃てるかと問われれば、すぐに迎撃ミサイルを撃てるのです。

とは言え、戦争状態でもないのに、実験中のミサイルを撃墜したり人工衛星を撃墜したりすればそれはそれで大きな問題になるでしょう。何の前触れもなく発射された本物の核ミサイルを迎撃できるのかと問われれば、技術的な問題ではなく人間側の問題で対応できない可能性があります。

それでも、日本国内に落ちてくると分かった瞬間に迎撃命令は出るはずです。ハッキリとはいえませんが、「国内に落ちると分かったら撃て」という命令が既に出ていて、艦隊司令に決断が委ねられているかもしれません。

実際のところ、北朝鮮から撃って日本に落ちる軌道というのは結構分かりやすいです。短距離ミサイルや中距離ミサイルであれば日本海側に撃ちますし、日本列島を越える(普通は別方向に撃つ)大陸間弾道ミサイルでも、軌道を見れば日本列島を越えていく事は分かります。

とは言え、フェイントをかける特殊な軌道使わないとも言い切れませんし、トラブルが起きて落ちてくるかもしれません。日本列島越えの軌道で撃ってきたら本当に撃墜しても良いかもしれませんね。

(次ページ: 大量に発射されたら?)

大量に発射された場合はどうしようもない

「一発や二発ならともかく、十発や二十発の飽和攻撃には対処のしようがない」

これも事実です。

イージス艦単艦で多数の目標を追跡できるとしていますが、これは大気圏内の戦闘機やミサイルの話です。相手が大気圏外の弾道ミサイルとなると、レーダーを集中的に照射しなければならず、同時追跡は難しくなります。

また、多数の目標を一度に迎撃できる能力の高い「パトリオット・ミサイル3」の部隊も展開している周辺しか防衛できず、一度に複数の都市を狙われれば漏れてしまうでしょう。

しかし、人工衛星・地上レーダー・支援艦など、弾道ミサイルを追跡する事のできる多数の偵察兵器が連携してミサイルを追跡すれば「スタンダード・ミサイル3」で一度に複数の弾道ミサイルを迎撃することは可能です。要するに、イージス艦を迎撃ミサイル発射台として運用し、追跡と誘導は別の偵察兵器に任せるのです。

日本のイージス艦は現状6隻、将来的には8隻、定期点検を含めても常時4隻前後のイージス艦を展開できます。これでは少し心もとないですが、米国の太平洋艦隊にも10隻以上のイージス艦が存在しており、日米合わせれば十数隻のイージス艦を展開できることになります。偵察部隊だけではなく、イージス艦の数自体も合わせればかなりの数になるでしょう。

これに都市防衛の「パトリオット・ミサイル3」部隊を加えれば、弾道ミサイルを二十発くらい撃たれたとしても、少なくとも大都市だけなら守り切れそうです。

しかし、広島・長崎のように最重要都市以外には「パトリオット・ミサイル3」の部隊が展開できず、イージス艦隊が撃ち漏らした弾道ミサイルがそのまま落ちることになります。

この手の飽和攻撃は量より質を重視する日本の自衛隊が最も苦手とするところ。北朝鮮の飽和攻撃ならたかが知れていますが、圧倒的物量を有する中国に飽和攻撃を仕掛けられれば苦しい戦いになります。

残念ながら、このケースでは何十万人という犠牲を覚悟することになりそうです。

ですが、一発なら誤射?でも二十発では誤射で済みません。米国を加えた全面核戦争の勃発です。

弾道ミサイル防衛は「核兵器から国を守る」ではなく、「一人でも多く生き残る」戦略に変わります。

この戦争で生き残る(人類が滅亡しそうですが)ためには、大都市圏と基地を守るための弾道ミサイル防衛の部隊が必須となるでしょう。その間に国民をシェルターに避難させたり、放射能対策に奔走することになります。

核ミサイルが落ちたとしても出来る限りの人間を救い、未来に向けた戦いをできるようにするのが、弾道ミサイル防衛の役割と言えるでしょう。

途中で分裂されたら防げない

「弾道ミサイルには多弾頭方式が存在し、ターミナル段階で分裂した弾頭を全て迎撃するのは不可能」

これも一種の飽和攻撃です。実際、分裂した弾頭を全て迎撃するのはかなり難しいです。

ショットガンのように一つの大きな弾頭の中に沢山の小さな弾頭が入っている弾道ミサイルがあり、これはMIRVと呼ばれます。これは終末段階の直前で分裂し、一発で複数の目標に着弾させることが出来る非常に凶悪な核兵器です。

分裂してしまったら最後、都市防衛ために展開された「パトリオット・ミサイル3」でも全て撃ち落とすことは難しいでしょう。

分裂されると非常に厄介な核兵器ですが、分裂する前に迎撃することは可能です

上昇中・頂点・下降直後の段階であれば、まだ弾頭は分裂していません。この段階で迎撃することができれば、多弾頭型のミサイルでも無力化することができます。しかし、比較的早い段階で迎撃しなければいけないことから時間の勝負となり、少しでも対処が遅れたら分裂されてしまって迎撃不可能になるでしょう。

実はこの多弾頭型弾道ミサイルの迎撃も研究されていたのですが、開発コスト増加の懸念から凍結されています。

ミッドコース段階で分裂前に攻撃が可能な「スタンダード・ミサイル3」ならともかく、多弾頭型ミサイルは着弾直前に迎撃する「パトリオット・ミサイル3」にとっては天敵と言える存在です。

また、既に下降が始まっている段階で分裂前に撃墜しても、複数の核弾頭の幾つかが生き残っている可能性もあります。これらは精密な誘導がされていないので誰もいない場所に落ちる可能性もありますが、決して無視できるものでもありません。

できれば、下降開始前に落としたいところです。

弾道ミサイルも進化する

「少しでも弾道ミサイルに対策を施されれば、迎撃ミサイルは使い物にならなくなる」

確かにそうでしょう。

既に弾道ミサイルは迎撃ミサイルを欺瞞するダミーを放出するようになっていますし、迎撃ミサイルを回避するために特殊な軌道をとることもできます。

欺瞞用のダミーは観測機器の精度を向上する事で対策ができますが、急に軌道を変えたりフェイントを掛けられたりすると厄介です。必然的に一つの弾道ミサイルに対して、囲むような形で複数の迎撃ミサイルを飛ばさなければいけなくなりますし、対処が難しくなるでしょう。

しかし、それならそれで迎撃ミサイルも改良するだけです。

今はまだ迎撃ミサイルの運用にはかなり高度なシステムが必要がですが、技術が進歩すれば小型のシステムで運用ができるようになるはずです。より多くの迎撃ミサイルを一度に運用できるようになれば、回避機動や多数のミサイルを使った飽和攻撃にも対処できるようになります。

既に迎撃ミサイルの性能は飛躍的に向上しており、「スタンダード・ミサイル3-ブロック2A」は射高1000km以上、射程2000km以上とされています。カタログスペックだけを見れば大陸間弾道ミサイルの迎撃も可能であり、多弾頭型であっても早期撃墜で対処出来る可能性があります。

それでも、全ての弾道ミサイルを迎撃できるレベルではありません。

弾道ミサイルと迎撃ミサイルの進化競争はまだまだ続きそうです。

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