サイトアイコン Stone Washer's Journal

北朝鮮の弾道ミサイル概要(後編)-自衛隊の対策と戦略

前編では北朝鮮の弾道ミサイルについて説明しましたが、発展途上のものも含め、かなりの性能を有している事が分かりました。そこで気になるのが日本側の対策です。北朝鮮が日本を攻撃する手段は弾道ミサイルぐらいしかないため、日本と北朝鮮との間に何らかのトラブルがあれば日本が標的になる可能性は高いでしょう。

自衛隊はそれに対し、どのように対抗していくのでしょうか。北朝鮮の弾道ミサイルに対する日本の対策と戦略についてご説明していきます。

前編-北朝鮮が発射する弾道ミサイルの概要-テポドン・ムスダン・ノドンの違い

関連記事:
ミサイル防衛を解説(前編)-スタンダード・ミサイルとGBI
ミサイル防衛の疑問(前編)-高空・高速のミサイルと落とせるか?

自衛隊の基本戦略


(平成26年防衛白書より)

ミサイル防衛の概要や兵器については別途解説記事を参考にして頂くとして、大雑把に自衛隊のミサイル防衛戦略を説明すると上の図のようになります。

高空にある場合にはイージス艦による「スタンダードミサイル3(SM3)」で迎撃し、落ちてきた場合には予め配置しておいた「パトリオット3(ペトリオット、PAC-3とも)」で撃墜するという流れです。どちらも高い命中率を保持しており、改良も続けられています。

各々の特徴として抑えておくべきなのは、「スタンダードミサイル3」は高空・広範囲をカバーできる一方で、落下直前のものは狙えないこと。「パトリオット」は落下直前の目標を多数・正確に撃ち落とす事が出来る一方で、範囲が狭く予め落下地点付近に展開しておく必要があることなどでしょう。

また、ミサイルの発見・追跡には地上に設置されたレーダー施設やイージス艦、場合によっては早期警戒機を活用します。弾道ミサイルはある程度の高度まで上がってくれないと見つけられませんが、発見できれば確実に追跡できるでしょう。

問題はこれらの戦術が北朝鮮の弾道ミサイルに通用するかどうか。それについて、それぞれのミサイル毎に解説していきます。

「テポドン2号」-イージス艦が中心となって対応

「テポドン」は長射程の大陸間弾道ミサイルです。迎撃ミサイルが届かない高さまで飛び上がり、撃墜困難なスピードで落ちてきます。

それでも、ちゃんと備えておけば「スタンダードミサイル3」と「パトリオット3」なら対応可能な目標です。しかし、日本のどこにでも落とせるミサイルなので落下予測地点にパトリオットを展開させておくのが難しく、広い範囲をカバーできるイージス艦の「スタンダードミサイル3」に頼ることになるでしょう。

どんな軌道で飛んでくるか分かりませんが、射程に余裕があるのでかなり高い高度にまで上昇する事が予測されます。勢い良く落ちてくるので速度も相当なものです。迎撃不可能な高度に上がる前に撃ち落とすか、落下を始めて最高速度に達する前に撃ち落とすという戦い方になるでしょう。

なかなか厄介ではありますが、幸い北朝鮮は「テポドン」を一度に沢山撃てるほどの態勢は整えられていません。また、巨大なサイロや打ち上げ施設から打ち上げる必要があり、発射位置が把握しやすい上に液体燃料を使用しているので準備にも時間がかかります。他の弾道ミサイルと組み合わせた場合はともかくとしても、早期発見が容易なためイージス艦が注力すれば十分に防げるのではないでしょうか。

「ムスダン」-イージス艦とパトリオットの連携が鍵

「ムスダン」は日本全土を射程に収める中距離弾道ミサイルです。「テポドン」と違ってある程度の数を撃つことが可能であり、射程が短くなる代わりに迎撃が難しくなる高高度軌道(ロフテッド)や低高度軌道(ディプレスト)を用いて、ミサイルを日本に撃ち込むことができます。

「テポドン」よりも多くの数を揃える事ができるというだけではなく、車輌や船舶に搭載して発射が可能であることも脅威です。このため発射位置が決まっておらず、特定の場所を監視していれば良いというわけでもありません。発射用の車輌とミサイルを大量に用意すれば飽和攻撃も可能であり、迎撃ミサイルで迎撃するのが最も難しい弾道ミサイルと言えます。

また、ムスダンは液体燃料型で事前に燃料を入れて準備する必要がありますが、車輌型なので屋内で準備してから移動する形で発射可能で、発射準備を事前に察知するのも難しいです。

これを迎撃するためには、イージス艦とパトリオット部隊との連携が重要になります。日本のどこにでも落とせるとは言え、パトリオット部隊が展開していないエリアに飛ぶミサイルをイージス艦が優先的に落とすことで、パトリオット部隊の守備範囲をフォローする事もできるでしょう。様々な軌道で多数の弾道ミサイルが飛んできた場合には、「誰がどれを落とすのか」を明確にし、役割分担しながら迎撃することが重要になるでしょう。

幸い「ムスダン」は2016年の時点では技術的に成熟していないため、今すぐ脅威になることはありません。迎撃ミサイルを改良し、イージス艦の配備数を増やし、連携を高める訓練をしていけばなんとかなりそうです。

(次ページ: ノドン・ムスダン・スカッド・潜水艦発射ミサイル)

「ノドン」-事前察知で万全の態勢を整える

「ノドン」は日本の主要都市を射程に収める準中距離弾道ミサイルです。「ノドン」には「テポドン」や「ムスダン」のような長射程はなく、日本攻撃時の軌道そのものは殆ど決まっており、ある意味では迎撃ミサイルで最も迎撃しやすいミサイルとも言えます。

しかし、厄介なのは精度・信頼性・数の部分です。正確に狙いを付ける事が出来るので首都圏をピンポイントで狙える上、比較的高い発射成功率を誇り、数についても大量生産を進めている最中と推測されています。車輌などに搭載して大量配備し、一斉に撃つといったような飽和攻撃に対抗するにはこちらも十分な数を展開していなければなりません。

日本のイージス艦だけではなく、米軍とも協力した上で事前に万全の態勢を整えた上で迎撃する必要があります。また、パトリオット部隊も十分に展開しておけば、こうした飽和攻撃に対する対処能力も飛躍的に高まるでしょう。

日本が弾道ミサイルで攻撃されるとすれば、この「ノドン」が使われると考えるの一番現実的なシナリオです。実際に飽和攻撃を行える程の態勢が整っているかは未知数ですが、警戒するに越したことはありません。

「スカッド」-パトリオット部隊で水際防衛

「スカッド」は日本の一部を射程に収める短距離弾道ミサイルです。他の弾道ミサイルに比べると射程がかなり短いのでそれほど大きな脅威ではありませんが、北朝鮮が独自に改良したモデルは一部の主要都市を狙える状態にあります。「スカッド」は「ノドン」以上に数を揃えやすく信頼性が高いため、飽和攻撃に対する準備をしっかりと整えていなければなりません。

イージス艦の配備も重要ですが、攻撃してくる場所が限られていますのでパトリオット部隊をしっかりと配備しておく事が大切です。パトリオット部隊は複数目標への対処能力も高く、大量に飛来した弾道ミサイルを次々に撃墜していくことが可能となっています。

スカッドの射程範囲内の主要都市に配備しておけば、イージス艦と合わせて全て撃墜することも夢ではないでしょう。

「KN-11」-潜水艦は撃たれる前に追跡・発見

「KN-11」というのは潜水艦から発射される弾道ミサイルです。発射地点が全く分からず、どこにレーダーを向ければ良いのか分かりません。至近距離で撃たれる可能性もあり、他の弾道ミサイルに比べて発見が遅れがちで、迎撃そのものが間に合わない可能性が非常に高いです。このため、発射されたミサイルを迎撃するというよりも、発射する可能性のある潜水艦の動きを封じる事が大切になるでしょう。

北朝鮮で運用する潜水艦の性能は日本のそうりゅう型に比べて大きく劣っており、いずも型などの対潜ヘリ空母を擁する日本の対潜警戒網を潜り抜けるのは容易ではありません。警戒網を張り巡らせ、潜水艦の大胆な動きを封じた状態であればある程度の位置把握はできるはずです。

そうは言ってもレーダーに映らない潜水艦を発見するのは非常に難しいのですが、北朝鮮が保有する潜水艦の中で、こうした弾道ミサイルを扱える潜水艦の数はそれほど多くないはずです。また、北朝鮮に原子力潜水艦を開発・運用する能力はありません。現在使っているものは小型の通常動力型潜水艦を無理やり弾道ミサイルが発射できるように改装したような潜水艦と目されており、そうりゅう型による追跡も容易です。

あまり受け身になっていると予期せぬ位置から弾道ミサイルが飛んでくることも考えられるので、積極的に相手の潜水艦を探しに行くという作戦も考えた方が良いかもしれません。

一番難しいのは決断すること

通常のミサイル防衛のプロセスでは、「ミサイル発見」→「防衛大臣から首相に連絡」→「首相が迎撃指示」→「自衛隊が迎撃」という流れになっています。このプロセスでは長過ぎます。

そのため、自衛隊が独自の判断で行動できるケースを想定した「緊急対処要領」が首相の許可を得た上で期限付きで定めることができるようになっています。これは北朝鮮などがミサイル発射の準備をしている兆候を掴んだときなどに定められ、「ミサイルが日本に飛んで来ると判明した時」「ミサイルの部品が日本に落ちてきた時」などのケースで現場の判断で対応できるとされています。

期間限定なので「事前に兆候を掴む」ことが必須ではありますが、日朝関係が緊迫すれば長期に渡って定められる可能性もあるでしょう。その時、現場は本当に決断できるのでしょうか? もしくは首相の判断は間に合うのでしょうか?

北朝鮮と日本の距離は極めて近く、弾道ミサイルは10分前後で到達します。迷っている時間は1分とありません。本当に難しいのは迎撃ミサイルを発射して弾道ミサイルを撃ち落とすことではなく、迎撃すると決断することなのかもしれません。

モバイルバージョンを終了