飽和潜水の能力と限界
実はこの飽和潜水ですが、海自の潜水艦救難部隊は水深450mの深海まで潜ることに成功しており、これは世界2位の記録です。また、理屈の上で700m前後まで行けるとされていて、適切な加圧・減圧が行われていれば、人はかなりの深海環境で作業ができます。
この飽和潜水は、潜水艦にトラブルがあった場合の障害除去や深海での修理、重要物資の回収などに活用でき、潜水艦救難の成功率を飛躍的に高める事ができ、実際にロシアの潜水艦事故の際にハッチ付近に障害物があり、潜水艇では除去できず、飽和潜水のダイバーが除去してハッチを抉じ開ける事に成功した(ダイバー到着が間に合わず手遅れ)と言う例も存在します。
また、潜水艦救難よりも、深海油田の探索や採掘設備の建設などでこの飽和潜水の能力が活用される傾向が強く、世界的にみても飽和潜水のダイバーは民間機関に多いです。
しかし、この飽和潜水は万能ではなく、加圧と減圧に非常に時間がかかるのが難点です。
海自が水深450mの潜水に成功した際は、加圧2日間、減圧になんと20日間掛けています。減圧症は死に直結するため、非常に慎重な対応が求められるようですね。そんなに長時間何をしていればよいのかというと、実は「普通に生活」します。要は体がその生活に慣れれば良いので、大きな圧力室の中にトイレから何から完備している部屋を作ってそこで長期間生活するのです。
迂闊に圧力を下げると減圧症になりますので、中の人にとっては外は宇宙空間のようなものです。ドアの開け閉めには細心の注意を払います。
減圧は潜水後に行われるのでそこまで大きな問題にはなりませんが、一刻を争う潜水艦救難で丸一日以上加圧に時間がかかるのが欠点と言えます。とはいえ、事故現場に向かうだけで丸一日掛かってしまうのが海の事故ですので、そこまで大きな欠点では無いのかもしれません。
潜水艦の脱出装具
潜水艦は外洋に出て任務を行う事も多く、さらに浮上して居場所を秘匿するために通信する機会自体少ないため、沈没しても誰にも気付かれず、救助を要請する暇もなく沈没してしまうこともありえます。
そうなった場合、潜水艦の乗組員は自力で脱出しなければいけません。
空気があれば脱出できるかというそうではなく、深海から浮上するとなると減圧症が気掛かりです。
一部の潜水艦には脱出カプセルがついていて、非常時には乗員が乗り込んで脱出することが出来ますが、潜水艦のスペースを取りますし、狭いカプセルにすし詰めになるのでかなり厳しいです。
そこで、多くの潜水艦に搭載されているのが、「スタンキー・フード」の様な顔全体を覆うライフジャケットやSEIEと呼ばれる全身脱出装具です。
どちらも顔や全身に空気を入れ、酸素を確保しながら浮上できる代物です。ただ、スタンキー・フードでは減圧症や低体温症を防ぎにくいので、そうりゅう型を含め最新の潜水艦にはSEIE型脱出装具が搭載されています。
深度200m未満であれば、減圧症や低体温症をある程度防ぎながら潜水艦から脱出できる装具です。浮上後にはプカプカと浮いたままになり、体力も温存できます。
潜水艇を使った救助よりはリスクがあるので、海上に救助が待機している状態か救助の目処が立たない状況でしか使えませんが、潜水艦の乗組員の生存率を大幅に高めることに成功しています。
潜水艦の沈没は防げるに越したことはありませんが、こうした非常用の装備があるお陰で、潜水艦の乗組員は存分に力を発揮できるでのすね。
【後編-「ちはや」と「ちよだ」、多目的に潜水任務をこなす世界屈指の救難部隊】