3Dバイオプリンタ、臓器を「プリント」できる技術の今と未来

数年前から少しずつ聞かれるようになった新興テクノロジーのひとつに、3Dプリンターがあります。

今や価格も下がって個人で楽しむハードルが下がってきましたが、それだけではありません。金属素材を3Dプリンティングできる技術が確立し、今では航空機などの産業機械分野での活用も始まっています。のみならず今では住宅3Dプリンティングを行うスタートアップが日本でも立ち上がるなど、社会にどんどん浸透してきています。

こうした3Dプリント技術導入の流れは医療にも及んでいます。生物の臓器や体組織を3Dプリント技術で作り出す、3Dバイオプリンティングと呼ばれる技術がそれです。本記事では、3Dバイオプリンティングの概要と手法、そして今後の展望について解説していきます。

3Dバイオプリンティングとは

3Dバイオプリンティングとは、有機物を組み立てて生物の体組織を作り出すための技術です。


出典:3DP id.arts

細胞やその成長因子を含む「バイオインク」を、まるで層を重ねるように印刷することで立体的な構造を作り出せるのが特徴。

作りたい体組織の構造や形を自由に設定できる点が特徴で、個人の体に合ったサイズの臓器や組織を作れるだけでなく、怪我や病気で失われた部分を埋めるなどといった応用が可能なのです。

この技術は人体の組織や臓器を作り出す再生医療への応用はもちろん、体組織の一部だけを作り、それに対して薬剤を使って反応を確かめるなど、創薬分野への応用も期待されています。必要に応じて体組織だけを作り出せるという性質から、生きた動物や人間を使った実験の必要性も薄れるので、動物実験を減らせることも期待されています。

3Dバイオプリンティングの手法

3Dバイオプリンティングには、インクジェットバイオプリンティングレーザーベースバイオプリンティングなど、これまでにいくつかの技法が編み出されています。

それぞれに違いはあるものの、目標はどれも同じ。細胞およびその成長に必要な素材を含んだインクを平面あるいは立体的に配置し、最終的に細胞同士が結びついて体組織や臓器を作るプロセスをコンピューター制御で自動的に行うというものです。

インクジェットバイオプリンティングは、ノズルからバイオインクの滴を直接噴射することで3次元構造を作成するもの。家庭やオフィスにあるインクジェットプリンターと似た仕組みといえます。

高精度の造形が可能であり、かつ比較的安価なところが何よりの利点。インクの粘度が適切でさえあれば、複数のノズルを使って多種の細胞を同時にプリントすることも可能なすぐれものです。複雑な体組織や臓器でもコスパよく作れるため、注目されている技法です。

これに対してレーザーベースバイオプリンティングは、バイオインクの薄膜にレーザーを当て、レーザーの勢いでバイオインクを「弾き出して」プリントするという手法です。

こちらは高コストの手法ではあるものの、

  1. インクジェット方式はノズルからインクを押し出す際に細胞が損傷することがあるが、こちらは細胞が損傷しにくい
  2. 1秒間に1万滴のインクを配置できる高速性能
  3. 高密度に細胞を配置できる

といった利点がある、いわばハイエンドの手法といえるでしょう。


3Dプリントを使って作られる気管(出典:EurekAlert!

現状の課題

再生医療や生化学分野において、3Dバイオプリンティングは有望視される技術ではありますが、普及のためには乗り越えるべき課題があります。

その中でも最大のものはバイオインクの開発です。生きた細胞を扱うという性質上、通常の3Dプリント用の材料と同じというわけにはいきません。きちんと3次元の構造が作れるという条件に加え、成分が生物の体内に入れても安全であり、しかも細胞の増殖を促せるものでなければなりません。こうした要件を満たすべく、さまざまな材料を使ったバイオインクの開発が進んでいます。

もうひとつ大きな課題は、プリント中に細胞を生存させることです。プリントの手法によっては、インクがノズルから出ていく際、ノズルに当たって細胞が死んでしまうということが起こりうるのです。先述のレーザーバイオプリンティングはこの課題を解決するための手法といえるでしょう。

さらに、プリント後も細胞を生かしておく必要があります。本来であれば生物の体細胞は血管を通じて栄養や酸素を受け取り、老廃物を細胞外に排出できますが、現在の3Dバイオプリンティングではまだそこまでの機能を再現できてはいないのです。そのため、プリントした組織内での血管の形成を促し、適切な栄養と酸素の供給を確保できる技術の開発が進められています。

まとめ

医療や生物科学分野での幅広い応用が見込まれる3Dバイオプリンティングは、たとえばいま現在問題になっている臓器提供のドナー不足や、動物実験の是非に関する倫理的課題などの解決につながっていくでしょう。

もちろん、IPS細胞との組み合わせなどを通じ、より高度な再生医療が利用できるようになれば、広く一般の人々にも多大な恩恵があるのです。