武士と騎士の武器と防具の比較については終わりました。ここまでを見ると、武士は常に武器や防具に「戦いやすさ」を求めていた事がよく分かります。刀はあらゆる戦いに対応できる丈夫で汎用的な性能を持ち、鎧は要所を守りつつも広い手足の可動範囲で高い機動力がありました。
一方、騎士は武器と防具の性能を極めていくという傾向が強かった印象を受けます。用途に応じて高威力の武器を使い、防具はあらゆる刀剣を弾き返す防御力がありました。これらは、「技量の武士」と「道具の騎士」と言うとしっくりきます。
武士と騎士の環境に対する適応能力を比較する
今までの項目では、あくまで「武器や防具の戦闘における性能」だけを見ていました。しかし、本当に彼らの武器は戦場で使えるのでしょうか?
武士の戦場でも、騎士の戦場でも、地形や気候を利用した戦い方というのは存在します。実際に環境を巧みに利用したことで、数的に劣る戦力によって相手に勝つ事もあるのです。猛暑の夏や寒い冬。山岳地帯や湿地帯。雨や雪。足場の影響まで考えると、どうなるか全く予想がつきません。
武士の適応力
武士は常に「戦いやすさ」を重視していたこともあり、武器も防具も汎用性が高いです。刀の扱いも「鎧を着ていない敵」を想定していることも多く、究極的には刀を一本持っていけば十分です。
また、高温多湿環境下において、日本の防具は高い適応性を備えています。首周りが無防備な武士の鎧ですが、これは放熱性という観点で見ると大きなメリットです。加えて、首周りが開放的ではあるものの兜によって直射日光が首周りに当たらない作りになっている特徴もあり、日光によって熱が溜まることもありません。
高温多湿な日本の環境では、夏場に熱が篭る鎧というのは致命的です。金属製の鎧は通気性が極めて悪く、覆う部位が多ければ多いほど熱がこもります。湿度が高いとただでさえ放熱効率が悪くなるにも関わらず、鎧の中の湿気が逃げません。
東南アジアや南米など高温多湿な環境の鎧で全身を覆っているものは殆どありません。事実上、日本で全身を完全に覆う金属製の鎧を着るのは自殺行為と言って良いでしょう。また、鎧は体の体型によらない作りになっているので、防具の内側に着こむ形で冬の寒波にも備える事ができるでしょう。
山岳地帯では足場の確保が難しく、装備重量が大きな負担になりますが、武器や防具の重量はそれほどでもないため、山岳地帯で特段苦しいということもありません。
さらに、足場の悪い湿地や河川などで意外に強力なのが草鞋(わらじ)です。草鞋は通気性が良いので高温多湿環境に適しているという強みもありますが、足場の悪い地形でもきちんと踏ん張れる履物で、足場の悪い場所ほど力を発揮するでしょう。
日本という国柄もありますが、どちらかと言うと「劣悪な環境で戦うことを想定」しているのが武士です。
平野が少ないので不意の戦闘も多いですし、相手に合わせていちいち武器を切り替えている暇なんてないでしょう。刀・槍・弓・鎧だけで、あらゆる戦場を駆け回ります。
騎士の適応力
騎士といえば、非常に頑丈なフルプレートアーマーですが、いつでもどこでもフルプレートアーマーを着ているわけではありません。西洋の夏は日本ほど湿度が高くないとはいえ、夏場に四六時中フルプレートアーマーを完全に着ていたら死にます。
騎士には最低一人は従者がいましたので、ヘルメットや肩当てくらいは外していられますし、暑いのなら無理にプレートアーマーを着る必要はありません。必要に応じて装甲を外したり、戦場の環境に合わせてアレンジしながら甲冑を着こむ事ができました。夏場にプレートアーマーは少々使いにくいですが、防御力を落とす形で適応してきたと言えるでしょう。
また、冬場はプレートアーマーの装甲板は非常に冷たくなりますが、外の冷たい空気が直接体に当たることがありませんし、内側に沢山着こむことで寒さは軽減できます。氷点下でも十分に戦えたようです。
ただ、全体的に平地で戦うことを想定しているので山岳・森林地帯や湿地帯では苦戦したようです。プレートアーマーは視界が狭く、障害物や地形が不安定な場所では転倒のリスクが高まります。ブーツも完全に金属製なので、湿地だと安定性が悪いです。
さらに、河川に入るとブーツに思いっきり水が入るリスクがあります。騎士は基本的には馬に乗っているものなので想定外なのでしょうが、膝まで浸かる河川を徒歩で通過するのは非常に危険です。
気候による影響は多少は軽減できますが、安定した地形で戦うことが想定されている騎士は地形による影響をモロに受けます。劣悪な環境に適応する能力は低いといえるでしょう。
比較と結論
それでは、武士と騎士で「より適応している方」を記載していきます。
- 夏場:武士
- 冬場:騎士
- 山岳:武士
- 湿地:武士
- 森林:武士
- 河川:武士
当然の結果ではありますが、殆どあらゆる環境で武士の方が高い適応能力を示します。
唯一、武士が負けた冬場についてですが、地域によるもののドイツや英国の冬などは日本より寒く、冬場は日本より過酷な環境といえるでしょう。もちろん、東北地方の冬場はそれ以上に過酷ですが、戦国時代の武士の中心は関西ですので、そちらを想定した結果だと考えて下さい。
それ以外の環境については、武士の圧勝です。元々、日本には「普通の環境」が少ないのです。関東平野を除けば、広大な平野なんてものはありません。隣の国に攻め込もうとすれば、ほぼ間違いなく「山」「川」「森」「湿地」にぶつかります。そもそも、山地や川を利用した城も非常に多く、山や川を目指して進軍することも当たり前です。さらに、過ごしやすい春や秋に攻めようとしてもちょっと戦が長引けば夏や冬が到来します。
武士の場合、最初から「過酷な環境」を想定しなければやってられません。
騎士とて戦場は平野ばかりではないですが、戦力的に不利ならともかく、せっかくあちこちに平野があるのに、敢えて地形の悪い場所を選んで戦うケースは少ないです。特に、騎士が中心に戦った時代の戦争は地形を選べない「遭遇戦」よりも、互いに戦いやすい地形を選んだ上での「会戦」が多いです。
そのため、悪路を想定していない騎士は環境に対する適応能力が低くなってしまいました。
平地で戦えば騎士は存分に力を発揮できますが、変化のある地形では武士が有利でしょう。
武士と騎士の戦場における戦術を比較する
次に、武士と騎士の両者の戦術面について考えていきたいと思います。
戦術と言っても、「兵法」のような細かな部分には触れません。どんな武器をどのように使っていたか、騎兵と歩兵の組み合わせ、武士・騎士階級ではない下級兵士の運用など、幅広い面から比較します。
武士の戦術
武士といえば刀ですが、刀は携行武器としては強力ではあるものの、リーチの面で言えば槍の方が強いです。また、場合によっては接近するまでは弓で戦い、接近したら刀を抜くという戦い方もあります。刀だけで戦うのはやや特殊なケースです。
さらに、当然ながら騎馬も使います。日本の弓も槍も馬上で使うことも想定されていますので、弓騎兵・槍騎兵が登場するわけです。だたし、馬の数は限られていますし、日本の馬は西洋の騎馬に比べると若干小さいため、モンゴル軽騎兵のような大規模運用はできませんし、大型馬のパワーを活かした西洋の重装騎兵ほどの強さはないと考えて良いでしょう。
また、武士は一人で戦うわけではなく、多くの仲間と共に戦います。そして、その中には様々な兵科があり、足軽のような傭兵(下級武士のケースもあり)も存在しています。戦闘力自体は武士には劣るものの、運用次第では十分に強力な兵士になるでしょう。
戦闘の流れについてですが、戦闘が始まったらまず最初に弓を射掛け、互いに接近してきたら槍兵や騎兵が突撃。潰走した敵兵を騎兵が仕留めたり、戦力が足りなくなったら予備兵や弓兵に刀を抜かせて接近戦をさせます。場合によっては槍や弓だけ余分に用意して、必要に応じて刀だけ持った予備兵に必要な武器を扱わせるケースもあったようです。基本的な装備が決まっていたため、兵士の運用は容易でした。
この戦闘を行う中で、最も強力なのは弓騎兵でしょう。和弓による長射程の弓攻撃に機動力が加わり、接近戦では刀による戦闘が可能であり、下馬しても刀歩兵として戦闘を継続できます。平安時代から武士の主力を担ってきただけあって、高い総合力を持った兵科と言えるでしょう。
基本となる武器は槍・弓・刀とシンプルですが、武士はどの武器も扱える総合的な戦士です。武士の強りは、一人で多彩な仕事が出来る多様性にあると言えます。
騎士の戦術
騎士の武器には様々なものがありますが、飛び道具を使うケースは稀だったようです。というより、装甲板で覆われて可動範囲の狭い甲冑で「矢や弾」を扱うのが難しく、下級兵士で構成された弓兵やクロスボウ兵は総じて軽装でした。決して扱えないわけではありませんが、重装甲の兵士が飛び道具を扱うメリットは僅かです。
騎士の戦術で基本になるのは、その装甲と武器の威力を活かした接近戦です。場合によってはただでさえ丈夫な鎧に盾まで持って戦っていました。武器の種類も豊富で、戦い方に合わせて自由に選べます。
さらに、大型の馬に鎧まで着せて盾にランスを持った重装騎兵の威力は圧倒的です。生半可な歩兵や騎兵では対抗できず、パイクや馬防柵など、騎兵対策を施さなければ止められないでしょう。
戦闘過程はそれほど武士と変わりません。戦闘序盤で下級兵士で構成された弓兵が射掛け、騎士階級を中心にした重装騎兵や下馬騎士が接近戦を挑みます。敵兵が潰走したら軽騎兵が殲滅する形です。
騎士の強みは槍を持った重装騎兵ですが、盾に片手武器を持った重装歩兵も強力です。盾で攻撃を防がれた挙句、ハンマーで殴られたらどんな敵でも戦闘を継続するのは難しいでしょう。
騎士の戦術の強みは、圧倒的な装甲と火力で敵を粉砕するパワーにありそうです。
比較してみる
戦術の比較では、武器と防具の性能だけではなく、武器と防具の組み合わせや兵科を考慮します。
距離別に比較しますが、「遠距離戦」は純粋に飛び道具の戦い、「中距離戦」は槍兵や騎兵による機動力や武器のリーチを駆使した戦いを含みます。そして、「接近戦」は歩兵及び騎兵の足を止めての戦いを意味し、「乱戦」は敵味方が入り乱れて混乱した非常に接近した戦いだと考えて下さい。
- 遠距離戦:武士
和弓の性能もありますが、騎士はそもそも飛び道具を殆ど使いません。練度の低い下級兵士が中心の遠距離攻撃と、足軽だけではなく練度の高い武士も参加する遠距離攻撃では武士の攻撃が有利です。さらに、弓騎兵の参加によって遠距離攻撃の火力は高まります。ただ、重装甲の騎士に対して矢の威力は限定的であり、決定打にはならないでしょう。
- 中距離戦:騎士
馬の質や装甲において差がある武士は不利となります。絶対的な差ではありませんが重装騎兵によるランスや歩兵のパイクによる刺突攻撃に対し、武士は長槍や槍騎兵による戦闘となります。槍の性能が劣っているわけではありませんが、まともにぶつかり合ったら騎馬の性能や装甲の性能差が大きく出る可能性が高いです。武士は無理にぶつからず、中距離でも弓騎兵で翻弄するのが得策かもしれません。
- 接近戦 :騎士
互いに接近し、正面から殴りあう、斬り合うような状況ではプレートアーマーを有する騎士が有利です。互いに向き合った状態で甲冑の隙間を狙う攻撃は通りにくく、騎士を転倒させようにも相手が警戒している状態では簡単ではありません。技量や地形で武士に有利であれば勝機はありますが、正攻法では武士が勝つのは難しいでしょう。
- 乱戦 :武士
敵味方が入り乱れる環境では、目の前の敵だけを見ているわけには行きません。味方の近くに移動したり、背後に気をつけながら戦わなければいけないため、視界が狭く動きの鈍い騎士は不利になるでしょう。また、極端に敵味方が接近しているため、刀の間合いで鎧の隙間や転倒を狙った攻撃も入りやすいです。
遠距離戦と乱戦で武士が有利で、中距離と接近戦で騎士が有利という判断になりました。考慮するべき事柄が非常に多いので一概には言えないのは当然ですが、騎士が存分に活躍できるような環境であればこのような結果になるのではないでしょうか。
結論
遠距離戦だけで決着がつくことはないため、中距離戦と接近戦が勝敗のキモになります。そうなると、正攻法では騎士が有利だといえるでしょう。しかし、ここでは地形や環境面が考慮されておらず、地形の悪い場所で戦えば武士の勝率が飛躍的に高まります。
だたし、騎士の強みを武士が理解している前提であれば、武士も戦い方も変わります。重装騎士の突撃には長槍兵による槍衾を活用し、盾を持っている敵には槍の間合いで戦うなど、最適な戦術を選ぶ必要があるでしょう。
さらに、弓騎兵による騎射で重装騎兵を転倒させたり、騎馬を無力化すれば一気に武士が有利になります。極端な話、モンゴル騎兵ばりに和弓を持った弓騎兵で引き撃ちをすれば良いのです。とは言え、プレートアーマーを着た騎士を弓で倒すのはかなり大変です。遠すぎると貫通できませんので、ある程度は接近する必要があります。
一方で、騎士は盾などを活用して和弓による攻撃を確実に無力化する必要があります。また、プレートアーマーを着たまま弓を扱うのが難しくても、クロスボウなら使えるはずです。クロスボウを使って弓騎兵を早めに無力化すると楽になります。さらに、騎士はランスやハンマーの間合いに入りさえすれば有利に戦えます。リーチの長い槍兵には注意する必要がありますが、ハルバードなどで槍兵に対抗すると得意な戦いに持ち込めるかもしれません。
互いに相手に合わせた戦い方が大切ですが、どうしても武士が騎士の装甲とパワーに苦戦しそうな感はありますね。如何にして得意な戦場に引きずり込むかが鍵になりそうです。
(その4へ続く)