自分と同じ部屋の中に透明人間がいる。
そいつは刃物を持って息を潜め、自分を刺そうと狙っている。部屋のどこにいるか、もしかしたら部屋にいないのかもしれないが、目に見えないのでそれさえわからない。
目はあてにならず、こっそり動くそいつの位置を探るのは、物音に頼るしかない――。
想像すると気味の悪い話だが、こんなことはフィクションでしかありえない。普通ならば空想するのもばからしい、古くさいSF話といえる。
しかし海の戦場にはまさにこの透明人間が存在する。潜水艦だ。
海に潜って目に見えない潜水艦はステルス性を第一に行動し、そのステルス性はさまざまなアドバンテージを潜水艦にもたらす。
アメリカの南北戦争での潜水艦
その象徴的な出来事が南北戦争のさなかに起きた。1864年2月17日の夜、アメリカのサウスカロライナ州チャールストン港で、同港を封鎖していた北軍の軍艦フーサトニックが撃沈された。
犯人は南軍が開発した小型潜水艇H・L・ハンリー。全長12メートル、排水量7.5トンの8人乗りで、武装は長い棒の先に爆弾をつけた外装魚雷と呼ばれるもの。この小舟が、全長62メートル、排水量1270トン、160人乗りで11門の大砲を備えた軍艦フーサトニックを撃沈したのが、潜水艦が船を攻撃して沈めた世界最初の事例だという。
もし見つからずに攻撃できたなら、上述の例のように戦力差が著しい場合でもリスクの少ない攻撃を仕掛けて相手に打撃を与えることが可能だ。
もし見つからずに移動できたなら安全に偵察ができるし、また相手の予想しない場所から奇襲をかけることができる。
潜水艦の心理的効果も無視できない要素だ。どこから来るかわからない攻撃というのは、相手の行動や意思決定に多大な影響を及ぼしうる。
現代の潜水艦、フォークランド紛争
1982年のフォークランド紛争にその好例がある。
1982年5月2日、アルゼンチン海軍の巡洋艦「ヘネラル・ベルグラノ」がイギリス海軍の原子力潜水艦「コンカラー」に撃沈された。
士気をくじかれたアルゼンチン艦隊はこの後海軍の艦艇すべてを港に退避させてしまい、海軍の機能はほとんどマヒしてしまった。「ヘネラル・ベルグラノ」は第二次大戦以前に建造された旧式艦で、それを1隻沈めただけでもこれほどの効果があった。
またアルゼンチン側も4隻の潜水艦を保有していた。すべて第二次世界大戦時の旧型で、2隻は使い物にならず、1隻は4月末の時点で大破し、5月時点で稼働できたのは1隻だけだったのだが、イギリスはその1隻の旧式艦を血眼になって探し続けたという。原子力潜水艦を有するイギリスがガタのきた旧型潜水艦にそれほど用心していたという事実は、海軍にとって潜水艦がどれほどの脅威であるかを暗に示している。
潜水艦の見つけ方
海に潜って見つからずに動けるという特性はシンプルながら応用の幅が広く、戦争の対局を左右する可能性さえある。それゆえ各国は潜水艦の研究開発に余念がなく、また相手の潜水艦を見つけ出す技術の研究も怠らない。
もちろん潜水艦が海に潜って隠れてくるからといって、みすみす隠れたままにしておくわけにもいかない。海に潜っているものを見つけ出すなんて無理そうに聞こえるが、やりようはある。
鍵になるのは音だ。ソナーを使って水中の音を拾い、それで位置を割り出す。
これは第一次大戦の頃から使われている古典的なものだが、レーダーや人工衛星が実用化されている現在でも実践されている。
なぜ音を使うのか? そこには海水と音の性質が関わってくる。
音速は空気中では約340m/秒なのだが、水中ではそれが4倍以上の1500m/秒まで跳ね上がる。加えて、水中を伝わる音波は周波数にもよるが10数km先まで伝わっていく。
海水中で電波を使おうとするとこうはいかない。電波は海水に入ると急速にエネルギーを失って弱まってしまい、とても10km先までは届かないのだ。
電波は速さこそ音よりもはるかに優るのだが、伝わる距離の差で音波に軍配が上がる。
ソナーの使い方
それでは、音で潜水艦を探すというのは、具体的にどうやるのだろうか。
ひとつはパッシブソナーを使う方法がある。
これは水中から伝わってくる音を探知し、音を出している物体の位置を探る方法だ。単に水中の物体が出している音を拾うだけなのでパッシブ(受動的)という。
機関を動かしていない船など音を出していないものは探知できないが、パッシブソナーを使う側は音を発しないので探知されるおそれがない。水中を探りたいけれどこちらの位置を晒すのは避けたいというときに有効だ。
もうひとつはアクティブソナーを使う方法。
原理はやまびこと同じ。まず水中に音を発する。水中に何か物体があれば音はそれに当たって跳ね返ってくるので、その反射音を拾って水中の物体を探知する。イルカやクジラの行うエコーロケーションと同じ原理で、こちらは自発的に音を発するためアクティブ(能動的)と呼ばれる。
音を出していない物体でも探知できるという利点があるが音を発するため、潜水艦のパッシブソナーに引っかかって位置を悟られる恐れがある。
第一次大戦の頃からソナー機器は著しく進歩しても、基本的な潜水艦の探し方は上記の二つである。すなわち潜水艦の発する音を拾うか、自分で出した音の反射を拾うか。
なので、発見されずに行動することを旨とする潜水艦にとってはソナーに引っかからないこと、ひいては音を出さずに動くことが最重要課題になってくる。
海の透明人間の戦いは、まさに音との戦いなのだ。