イーロン・マスクとは何者なのか?(後編):宇宙開発と電気自動車の開発、数年で業界トップに躍り出るその手腕

イーロン・マスクとは何者なのかについて、前編ではPayPalを生み、PayPalをeBayに売却したところまで簡単にご説明してきました。しかし、イーロン・マスク氏が本当に凄いのはここからです。というのも、オンラインサービスの事業を起こした彼が次に起こした企業がなんと、「宇宙開発企業」と「自動車メーカー」だったからです。

どちらもコンピューターが全く絡まないわけではありませんし、起業家がその道のプロである必要はありません。しかし、PayPalを運営していた彼にとって全く新しい業界への挑戦だったことは確かです。そして、イーロン・マスク氏はただ挑戦するだけではなく、それらの企業を米国を代表する一大企業へと躍進させます。後編では、彼が作った宇宙開発企業である「スペースX」社と電気自動車メーカーである「テスラ・モーターズ」について簡潔にご説明していきましょう。

【前編:PayPalとスペースXとテスラ・モーターズを作った天才起業家の凄さ

米国の打ち上げロケット開発を牽引する「スペースX」

スペースXは打ち上げロケット及び宇宙船を開発している企業です。イーロン・マスクがPayPalをeBayに売却した直後の2002年に設立した会社ですが、2015年の時点で既に米国の商用打ち上げロケットの中心的立場になっています。

米国の宇宙開発において、宇宙へ物資や人員を打ち上げる輸送方法としてNASAはずっとスペースシャトルを使ってきました。しかし、スペースシャトルでは採算が合わなくなってしまった上、事故が重なって引退。スペースシャトルの代わりを担えるようなロケットが存在しなかったNASAは、欧州やロシアのロケットを借りながら宇宙開発を続けてきました。

何とかして自国内で安価に宇宙輸送を行う方法を模索していた所で、イーロン・マスク氏が名乗りを上げたのです。

元々、宇宙開発事業に携わりたいという願望があった彼は大学で物理を学び、エンジニアとしても高い素養を備えていました。エンジニアを雇用するだけではなく、本人がロケット開発にも積極的に参加し、打ち上げロケットのファルコンシリーズやドラゴン宇宙船の開発に携わりました。

コストと信頼性の両面に優れていたファルコンロケットはすぐにNASAの物資や衛星を打ち上げる商用打ち上げロケットに選ばれ、今までに数多くの打ち上げを成功させています。

さらに、ファルコンシリーズは技術的にも優れた成果を上げており、世界で初めて人工衛星を打ち上げたロケットの垂直着陸に成功させています。また、ファルコンロケットが搭載するドラゴン宇宙船は将来的には有人宇宙船として人員を搭載可能にする予定であり、今では「スペースX」は米国の宇宙開発の未来を担う重要な存在です。

事実、2015年に米国で打ち上げられたロケットの大半がこのスペースX社が開発した「ファルコン9」か、ボーイング社とロッキード・マーティン社の合弁会社であるULAの「アトラス5」と「デルタ4」によって行われており、設立十年弱の企業が戦前から米国を支えた企業と共に米国の宇宙開発の一翼を担うまでに成長しているのです。

日本で言えば、通信業界のNTTとソフトバンクみたいなものかもしれません。イーロン・マスク氏の米国でのイメージが沸かないようであれば、日本の孫正義氏をイメージすると良いでしょう。要するに、短期間で国を代表する巨大な企業を作り上げた人物ということです。

なんとも驚くべき成果ですが、オンライン決済サービスのPayPalから打ち上げロケット開発のスペースXとはかなり飛躍しています。しかし、スペースXの計画自体はPayPalを運営していた時から始まっていました。

イーロン・マスク氏はPayPal売却前から、周囲からは無謀で馬鹿げているとされた火星移住計画を提唱。宇宙開発に携わる重要人物に積極的に面会し、自身の計画に出資してくれる投資家を探します。その結果、国や投資家からの支援を取り付ける事に成功し、スペースXを立ち上げる事に成功しました。

そして、このスペースXの設立はイーロン・マスク氏が他の起業家とは大きく違うことを示すものになります。

宇宙開発はお金になる事業とはいえません。イーロン・マスク氏自身も、これがお金になるものとは思っていなかったそうです。しかし、イーロン・マスク氏は人類の未来を考える上で宇宙開発が必要だと考え、宇宙開発のための企業を自ら作ったのです。

イーロン・マスク氏はお金儲けのために会社を作るタイプの起業家ではなく、「夢を追う」起業家だったと言えるでしょう。

電気自動車界の常識を変えた「テスラ・モーターズ」

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(イーロン・マスク氏_BloombergBussiness

テスラ・モーターズは電気自動車を専門に開発する自動車メーカーです。テスラ・モーターズが開発した「Model S」という電気自動車は、2015年に日産「リーフ」を超えて電気自動車として世界売上台数1位となり、通算売上でもリーフの次点につけています。年間・通算売上で世界一になる日も近いでしょう。

その人気の秘密は高い性能とコストパフォーマンスにあり、日産やトヨタと言った競合の電気自動車よりパワーがあって燃費が良く、値段もガソリン車に比べると高いものの電気自動車としては性能に比して安価であり、自宅で充電できるという点も相まって人気となっています。

さらに、新しいモデルでは自動運転機能が追加されており、「Model S」はまさに未来の電気自動車と言うに相応しい車になりました。今までの電気自動車業界は日本の自動車メーカーが牽引してきましたが、既に米国市場はテスラ・モーターズ一色となっています。

そんな世界的自動車メーカーとなったテスラ・モーターズですが、スペースXはどうしたのでしょうか?

実のところ、イーロン・マスク氏はテスラ・モーターズにおける電気自動車開発とスペースXにおける打ち上げロケット開発を同時に運営しています。

テスラ・モーターズはスペースXが設立されて間もない2004年に設立され、イーロン・マスク氏はスペースXでロケット開発を行いながらテスラ・モーターズで電気自動車開発も同時に進め、テスラ・モーターズは幾度と投資を募りながら発展。

設立から5年後の2008年にテスラ・モーターズ最初の電気自動車となる「テスラ・ロードスター」を発売します。このスポーツカータイプのテスラ・ロードスターは従来の電気自動車の性能を遥かに凌駕しており、高額だったもののあっという間に売れ切れました。

その後、2009年にはセダンタイプの「Model S」が発売され、発売当初は高額だったものの製造コストを徐々に下げたModel Sは高出力・低燃費で米国の電気自動車市場を席巻することになります。

こうして、テスラ・モーターズは実に十年足らずで電気自動車市場で世界一になりました。

こんなに凄い電気自動車メーカーですが、日本ではあまり「テスラ・モーターズ」という名前を聞きません。

それにはいくつか理由があり、イーロン・マスク氏が電気自動車を世界中で売ってお金を稼ぐより優れた電気自動車開発を優先させていることと、テスラ・モーターズが今までに2種しか電気自動車を生産していないことが挙げられます。

テスラ・モーターズの主力車である「Model S」は日本でも販売されていますが、日本での売れ行きは芳しくないようです。

実は、「Model S」は米国市場向け仕様のまま販売されているため車体が大きくて重く、スピードと燃費は良いものの使い勝手に関しては日本車ほど真剣に考えられていませんでした。そのため、細かやかな気配りのある自動車が好まれる日本では不評だったようです。

しかし、技術水準では日本の自動車メーカーに匹敵し、特にパワーと持久力に関しては一部凌駕しています。電気自動車だけを扱う自動車メーカーとはいえ、これは驚くべきことでしょう。

イーロン・マスクが働く理由

イーロン・マスク氏「他人が週に50時間働いているなら自分は100時間働け」とブラック企業の社長のようなことを言う起業家でありながら、「自分はお金のために働いていない」と公言しています。

実際、「顧客が限られている狭い市場の中で宇宙開発事業を行うスペースX」と「市場の育っていない電気自動車を扱うテスラ・モーターズ社」で同時にロケット開発と自動車開発をしていた時は数十億単位の借金だらけで本当にお金が無くて生活にも苦労していたそうです。

それなら、なぜ寝る間を惜しんで100時間も働くのでしょうか?

今でこそ電気自動車の市場は広がっていますが、イーロン・マスク氏が宇宙開発と電気自動車開発を同時に始めた時には、これらの市場はお世辞にも金になるとは言えない市場でした。こんな市場で投資を進めて失敗した日には莫大な借金を背負うことになっていたはずです。

彼がこんなリスクを犯してでも会社を作り、技術開発に勤しんだのにはわけがあります。

実は、イーロン・マスク氏の作った企業は全て、「人類という種にとって必要だから」という理由で作られたものばかりなのです。

人間社会におけるインターネットの影響力を予見していたイーロン・マスク氏は、PayPalによって人のお金の使い方を大きく変えました。石油に依存しないクリーンエネルギーの重要性を痛感し、テスラ・モーターズで石油燃料を廃した電気自動車を開発します。さらに、種の繁栄と地球環境に依存する生活から脱却するためにスペースXを作ります。

つまり、彼は人類のために週に100時間働くべきだと考えているようですね。

大仰な言い方ですが、人類のために働く起業家、それがイーロン・マスクなのかもしれません。