著作権を侵害しているとして、いくつかの違法サイトがブロックされました。これが著作権を守るためのアプローチとして正しいかどうかの議論も始まりましたが、注目すべきは違法サイトの利用者の反応です。
全てが全てではないのでしょうが、違法サイトだからブロックされたにも関わらず「コンテンツが無料で手に入るのが当たり前」という認識を抱くユーザーが一定層存在することが明らかになりました。そして、これは違法コンテンツの提供者も自身の活動を正当化する名目に使っており、ある種の「思想」になってきたとも言えます。そこでこうした思想の元になった「無料で提供されている」という空想について考えてみましょう。
コンテンツは無料という思想
「インターネット上で提供可能なコンテンツやサービスは全て無料」という認識が広がってしまうのも無理もありません。マンガに限らず、音楽・映画・アニメが違法アップロードされ、無料で利用できるようになっているからです。
これに対して規制は行われていますが、規制の網を回避したグレーゾーンのサイトが作られたり、潰されても新しく別のサイトが作られたりでいたちごっこが繰り広げられるだけになってしまっています。
こうしたサイトがそこら中に存在し、提供者も利用者も取り締まられていないとなると、少なくとも「法律を守るのは守らないと捕まるから」という考え方で社会生活を営む層は違法サイトを利用し続けるでしょう。
ただ、違法コンテンツをダウンロードせずに見るだけであれば違法にはならないので、違法という意識も無いかも知れません。ルールというよりもモラルの領域でしょう。
日本人は災害時でも法律やモラルを守る民族として時々話題になりますが、違反が常態化し、他のみんなもやっているとなると平気な顔でそれを破ります。そう考えると、日本人が「ルールを守る」のは「空気を読むこと」が、ある意味で法律よりも重要だからなのかもしれません。周りの友人が同じようにルール違反をしているだけで抵抗感が無くなるというのも不思議なものです。
その一方で、違法ではなく本当に無料で提供されるコンテンツも増えています。いわゆる「基本無料」を謳うゲーム系コンテンツやSpotifyのような無料サービスで提供される音楽コンテンツです。広告や課金アイテムによって収益を挙げるスタイルで、一般的な提供形態になりつつあります。
さらに、アニメやドラマなども放送から一定期間は無料で見れるケースが増え、バラエティ番組に準じた視聴コンテンツもYoutubeを通じて提供されるようになりました。
音楽や動画作品はマンガコンテンツに先んじて違法コンテンツが蔓延しており、それに対抗する形でこうしたサービスが誕生ており、こうした先例が「コンテンツは無料」という思想を生み出しているのかも知れません。
無料で提供されているという空想
しかし、無料で提供されているものが本当に無料で運営されているわけではありません。当たり前ですが、コンテンツを提供するサイト運営者のサーバー代と人件費がかかります。そして、何よりもコンテンツを制作しているクリエイターの人件費は莫大なものになっています。
この費用を捻出するために雑誌や書籍が作られ、テレビ放映され、グッズが売られ、映画館で上映され、収益を生み出し、クリエイターに還元しています。また、基本無料のコンテンツは課金者から、音楽・動画配信サービスは広告や月額料金を払う利用者から得た利益を分配しているわけです。
同じように、マンガを無料で提供していたとしても、コンテンツを管理する企業・クリエイターと契約し、広告費で得た収入を還元していれば、利用者から代金を取らない「無料で提供されるコンテンツ」は成立します。
もう少し深く掘り下げてみましょう。無料で提供されるコンテンツに対し、本当に利用者はお金を払っていないのでしょうか。
実は、無料サイトの利用者もコンテンツを視聴するためにお金を払っています。広告費とは、広告を見たユーザーが広告を提供する企業の製品・サービスを購入し、利益を得た企業が広告費をサイトの運営者に支払うことで成立します。広告費の支払いタイミングは色々ありますが、広告を出しても利益が出ない場合はいずれ企業は広告に予算を割かなくなるのは自明です。
広告を経由して誰も商品を買わないのであれば広告費によるビジネスは成り立ちません。つまり、単に利用者がお金を支払う相手が「広告の提供企業」か「サイト運営者」か「本屋」か「出版社」か「クリエイター」かという違いだけで、利用者はコンテンツにお金を払っているのです。
これは「公園の水は無料」という空想と似ています。公園の水は税金によって提供されており、税金は納税者が支払っていて、納税者の所得は日々の労働によって得られています。本当の意味でタダで得られるものは存在しません。
単にお金を支払う人間とサービスを利用する人間、お金を貰う人間とサービスを提供する人間が違うだけです。無料でコンテンツを利用するのも良いですが、お金を貰うべき人間がお金を貰って成立しているサービスなのかは考える必要があるでしょう。
無料で提供されていると勘違いさせるための努力
また、「マンガを無料で提供しろ」という違法サイト利用者の声が聞こえることもありますが、既に正規の契約に基づき無料でマンガを読めるサイトは沢山あります。もちろん、本当に無料で提供されているわけではなく、こうしたサイトは広告費や課金コンテンツで利益を得ています。
ただ、違法サイトと違って公式サイトでは1つ1つ許諾を得ています。そのため、無料で提供されるコンテンツには限りがあり、違法サイトにコンテンツのボリュームで負けているのが現状です。それでも企業側の努力は続けられており、収益を挙げるための様々なモデルが考案され、試行錯誤は行われています。
また、広告費だけで質の良いコンテンツを提供することが難しいというのは、音楽や映像コンテンツで明らかになっているため、無料のサービスもあるものの定額制の課金コンテンツが主流です。いずれはマンガについても、Kindle Unlimitedに代表される定額課金型の読書サービスが増えてくるでしょう。
課金の形も変わってきており、AmazonPrimeに毎月一定額支払うだけで動画・音楽・書籍が利用し放題になるように、一箇所にお金を払うだけでなんでも自由に使えるようになってきました。税金もある種の課金サービスになるわけですが、定額課金が普及すると、ユーザーはまた無料で使えるものだと勘違いするようになるかもしれません。
確かにユーザーに「無料で提供されているという空想」を与えるのはビジネスで必要とされるテクニックの一種です。詐欺に使われることもあればユーザーの負担感を低減するために使われることもある大切な技術ですが、ユーザーはこうしたテクニックに騙されないようにしたいです。
人工知能社会では人間は皆クリエイターになるなんて言われていますが、その時に人間が貰うお金はいったい誰が支払ったお金になっているのでしょうか。意外と、人工知能が払ってくれているのかも知れません。