言語習得と社会的要素の関係はいかほど? ソーシャルゲーティング仮説のあらまし

数学を勉強するには本があればいい。

物理科学、社会学、経済学等々も基本は同じことで、本ないし講義の動画やスライドがあれば勉強は十分可能です。生きた他者から教わることは、不可欠の条件ではありません。

では、言葉はどうでしょう?

これは意見の分かれるところだと思います。外国語を学ぶのに、書籍を主に使って学んだ人、他人と会話する中で学んでいった人、最近だと動画サイトなどでもレッスン用の動画があったりもして方法はさまざま、一概に言い切れないことでしょう。

しかし幼児が言葉を習得するのは、少し話が違ってくるようです。最近の研究で、幼児の言語習得には生きた他者とのやりとりが大きな役割を果たしていることが示されつつあります。

幼児の言語習得に社会的要因が欠かせないとする考えは”ソーシャルゲーティング仮説”と呼ばれ、これまで幾つもの実験が行われてきました。

社会的要因がいったいどのように言語習得に関わってくるのか、それを見ていきましょう。

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社会的要因はどう作用するか

ソーシャルゲーティング仮説の説く社会的作用はどんなものがあるでしょうか。

今のところ、以下の3つの要素が考えられています。

 1. 注意力の増大

 2. 情報量の増加

 3. 知覚と動作を司る脳機能のリンクの促進

それぞれの要素を見ていきましょう。

集中力への影響

第1の要素は集中力。

生きた人間とやりとりすることで幼児の集中力が増し、それが学習効果の向上につながると考えられています。

それを裏付ける次のような実験があります。

英語圏で生まれた生後10ヶ月の乳幼児を対象に中国語のレクチャーを行い、全12回のレクチャー終了後に発音の聞き分けテストを行いました。乳幼児は3グループに分けられ、それぞれ大人からの直接レクチャー、DVDを使ったレクチャー、音声教材だけを使ったレクチャーを受けたのです。

結果は歴然でした。

大人から直接レクチャーを受けた乳幼児はテストで高い点を取った一方、DVDと音声教材を使ったグループでは学習効果が見られなかったのです。

この実験ではテストの点の他、乳幼児がどれだけレクチャーに集中していたかも測定されていました。その結果も注目すべきもので、大人から直接レクチャーを受けていたグループは最も高い集中の度合いを示しました。

しかし一方、DVDと音声教材でのレクチャーを受けたグループの集中の度合いを比較した場合、前者のグループの方が上だったのです。集中の度合いが違っていたにもかかわらず、学習効果はどちらも同じ「効果なし」。

どうやら、集中力とは別の要素が働いているように思えます。

情報量の増加

集中力以外の要素で考えられているのが、情報量の増加です。

まだ言葉を話せない幼児が言葉を学ぶ時、周囲の人が言葉をどう使っているか、どんなものと対応させて使っているか、それを状況から推測することが重要になってくる。

このとき、言葉を発する人間が言葉の発音をゆっくり明瞭にしたり、ある言葉を言いながら対象を指し示したり視線を動かしたりすると判断材料が増え、言葉と対象の関係性を正確に推論する助けになる。場合に応じてそういった情報を的確に提供し、それを幼児がしっかり受け取ることが学習効果につながると考えられる。

これも効果を示すような実験結果が存在します。

生後40週目の英語を母語とする乳幼児を対象に、英語とスペイン語の発音を聞かせた際の脳の活動を調べた実験です。合間には休憩が挟まれ、調査員は幼児とおもちゃで遊ぶなどしていたのですが、その際に調査員の視線の動きを頻繁に追っていた子供はそうでない子供に比べて脳が活発に活動していたことがわかりました。

この結果だけでは十分とは言えないものの、視線の移動など、状況から言葉を推論する助けになる追加情報に敏感な幼児はそれだけ高い言語学習の能力を持ちうる、という結論は成り立つかもしれません。今後の研究に期待すべきところでしょう。

知覚と動作を司る脳機能のリンクへの影響

もう一つ可能性として存在するのが、脳機能のリンクへの影響です。

人間は言葉を聞いた時、脳の二つの領域が同時に活動します。一つは言語の理解に関わるウェルニッケ野。もう一つは、言葉を話すために必要な喉や口の筋肉の動きを調整する、ブローカ野という箇所です。

これは耳に入った言葉の発音を脳内で「真似てみる」ことにより、聞いた言葉が何であるかをチェックする機能だと考えられています。生後1年未満の乳幼児はこの機能を活用し、実際に喋り始める前から言葉を発音する「練習」を行っていると考えられており、言語形成にも重要な働きを担っているのです。

ソーシャルゲーティング仮説で考えられていることの一つは、この脳機能のリンクが、社会的なコンテクストの何らかの影響を受けるのではないか、ということです。

これを実証するデータはまだまだ少ないですが、一つ興味深い実験結果があります。

さっき紹介したスペイン語の発音の実験を終えた後、調査員は実験に参加した幼児に追って調査を行いました。少しずつ鳴き声以外の声が出始めた時期の幼児に、母語である英語とスペイン語のネイティブが話すスペイン語を聞かせたのです。

結果はどうなったでしょうか。
スペイン語を聞いた幼児は、発する言葉の中にスペイン語の音が混じっていたのです。しかもその反応は英語を聞いた時には起こりませんでした。つまり、過去の実験でインプットされたスペイン語の発音が、なぜかスペイン語を聞いた時にだけ出てきたのです。

これが意味するところを理解するには、さらなる調査が必要でしょう。

少なくとも次のことは言えるかもしれません。すなわち、生後1年前後の乳幼児でも、相手が話す言葉に応じて発する言語を選び取ることができること、ひいては、ある種の社会的コンテクストの理解がすでにできているのではないか、ということです。

ソーシャルゲーティング仮説を直接裏付けるものではないにしても、乳幼児の社会的コンテクストの理解度という切り口から、間接的なアプローチにつなげることは可能かもしれませんね。