新元素を作る意味、莫大な研究資金を費やす価値とは?

2016年にニホニウムという名称が決まった原子番号113の新元素。日本が始めて命名権を得た元素として有名になりましたが、このニホニウムが社会に何か良い影響を与えるかというと実はそうでもない。

そもそも作っても一瞬で消えてしまう元素で、何か使えるわけでもありません。そんな役に立たない元素を作るのに莫大な資金を費やす価値はあるのでしょうか。

なんて、否定的な書き出しですが、実はちゃんと意味があります。本記事ではその意義について分かりやすく解説していきます。

新元素は本当に役に立たないのか?

自然界に存在する元素は原子番号94番のプルトニウムまでで、95番からは人工的に合成された元素です。人工的に合成された元素の内、何らかの「役に立つ」ものはせいぜい98番のカリホルニウムまでで、101番のメンデレビウム以降は一瞬で崩壊する(番号の低い元素になる)こともあり、研究以外の使い道がありません。

ギリギリ何かの役に立つカリホルニウムが合成されたのが1950年で、それ以降に合成された「新元素」は全て人々の生活の役に立つものではありませんでした。つまり、新元素は基本的に役に立たないものです。

それでも、50年以上に渡って先進国の研究機関は莫大な予算をかけて新元素の合成を行ってきました。そして、2017年11月の時点で118番目までの元素が作られています。今後、「新元素」と呼ばれるのは119番以降の元素になるでしょう。

当然ながら、ニホニウムを合成した日本の研究機関も新元素の合成に億単位の予算をかけて取り組んでいます。では、役に立たないと分かっている元素をどうしてこんなに予算をかけて合成しようとするのでしょうか?

基礎研究は成果が極めて見にくいもの

ここまでしきりに「役に立たない」と説明してきましたが、この「役に立つ」というの言葉はやや狭い意味で使っています。いわゆる「社会の役に立つ」「人々の生活の役に立つ」「世の中の役に立つ」と言った意味で、さらに言えば「直接的に役に立つ」という意味を含みます。

当たり前と言えば当たり前なのですが、研究の多くがすぐには役に立ちません。特に元素を扱うような基礎研究は特にその成果が見えにくく、研究者自身も何の役に立つのか分からないまま科学的好奇心や使命感によって研究を続けていることが殆どです。

そんなものに金をかける意味はあるのかと問いたくなるところですが、基礎研究は世界のしくみを理解するための研究と考えることもできます。世界のしくみを正しく理解できれば、それを応用して役に立つ技術に繋げることができるでしょう。電磁波の性質、重力の性質、素粒子の性質、などなど、基礎研究によって大きな変化が生まれた分野は少なくありません。

しかし、これらの性質を解明したからといってすぐに何かの役に立つわけではないですし、成果が出るのは膨大なお金と時間を費やした遥か後の話です。要するに、基礎研究は「今すぐに成果がでなくとも遠い未来の何かに役に立つかもしれない」という投資的な意味合いが強く、何の役に立つか分からないまま進めるのが当たり前の世界ということです。

これで話が終わってしまったら、きっと誰も新元素の合成に納得できないでしょう。「将来きっと何かの役に立つからお金を出してくれ」なんて、本当に役に立たないニートと紙一重です。

それでは、新元素の合成は将来何の役に立つのでしょうか?

魔法の物質を求めて

新元素が役に立たない最大の理由は「すぐに崩壊するから」です。つまり、崩壊しなければ何かの役に立つ可能性があるということになります。さらに、元素番号は118まで増えており、今後発見される新元素はプルトニウムの1.25倍の陽子を持つ超重元素となります。

今までに合成された元素はすぐに消えてしまうので使えないのですが、もしすぐに消えなかったとすれば大発見です。自然界に長時間存在し得る新しい超重元素が誕生すれば、原子力の世界が一変する可能性を秘めています。

そして、その元素に万が一「安定同位体(放射線が出ない)」が存在すれば、世界が変わるレベルの発見となります。役に立つどころの話ではありません。ただし、超重元素の殆どが不安定(放射線が出る)なので、そんなことはまずあり得ないでしょう。

ところが、元素の世界には「安定の島」と呼ばれる奇跡的に安定する原子が現れる領域(陽子と中性子の数)があることが知られています。分かりやすいのが「鉛」です。鉛は非常に重い元素ですが極めて安定しています。しかし、これより少しでも重い原子になると途端に不安定になりますし、これより軽いにも関わらず不安定な原子も少なくありません。鉛というのは意外性の強い原子だったのです。

そうした意外性の強い原子が実は周期的に現れており、そうした原子が現れる領域を安定の島と呼ぶのです。そして、この安定の島の中でも特に安定するのが特定の陽子数・中性子数を持つ原子であり、その数のことを魔法数と呼び、その原子核(核種)のことを魔法核と呼びます。いえ、ファンタジーの話ではありません。

(赤色が安定 – 安定の島の分布図 _APS Physics)

少しややこしくなりましたが、要するに「奇跡的に安定するかもしれない元素がある」ということであり、新元素の合成の究極の目標はその「奇跡的に安定する元素を発見する」ことにあります。

安定すると言っても崩壊するまでの時間が長いだけで鉛に比べると不安定な放射性物質にはなると予測されていますが、それでも一瞬で崩壊しないだけで奇跡です。原子のしくみを理解する手助けになることは間違いありません。

最初からその魔法の元素が作れれば良いのですが、そもそも安定するかどうかに関わらず新元素を作ることが難しく、1つ1つ新元素を作るしかないのが現状です。また、すぐに消えたとしても変わった性質を持っていたり、得意な現象が発見できたりすればラッキーでしょう。それを基に新しい理論を作れるかもしれません。

なんにせよ、小さいけれども様々な可能性を秘めているのが新元素の合成なのです。

まとめ

もちろん、全ては可能性の話です。無駄になる可能性が高い博打と言っても良いでしょう。しかし、それは無視できない可能性です。

宝くじで手に入るお金は働けば稼げるので、博打を打つ意義は弱いです。しかし、新元素を見つけるには他の手段がありません。誰かがやらなければいつまでたっても可能性のままで、本当のことは分からないままとなります。

やってみなきゃ分からないからやってみる。

そんな締めくくりになってしまいましたが、結局のところロマン溢れる話ということなんでしょうね。