タコの知能と町づくり-群れは生物に何をもたらすのか?

群れて暮らすメリット

単独行動する場合がほとんどのタコがこのように集団生活をするようになったのは、自然選択の結果ではないかと考えられています。自然選択の結果ということは、生き残るのにメリットがある行動だということです。動物が集団で暮らすことの利点は、どのようなものがあるのでしょうか。

捕食者に追われる動物にとっては、外敵から逃げる上での利点が数多くあります。

見張りを増やして敵を発見

まず、外敵に備えて見張りをする時には数が多い方が有利です。単独で見張る場合は長時間警戒すると負担が大きくなり、疲れて休むと見張りはできません。しかし数が増えて見張りを交代できるようになると、1匹あたりの負担は減らしつつ途切れなく見張ることが可能になるのです。

モリバトというハトは集団の利点を見張りに活かしています。モリバトの天敵はオオタカですが、群れにいるモリバトの数が大きくなるほど遠くのオオタカを発見できることが確かめられています。オオタカが近づいた時の平均反応距離は、1羽では7m、51羽以上の群れだと44mになるのですから、その効果は絶大と言っていいでしょう。

希釈効果で自分が狙われにくくなる

さらに、群れることのメリットは捕食者に見つかってからも発揮されます。

第一に、襲われても群れの中にいれば個体が襲われる確率は下がります。これは「希釈効果」と呼ばれ、シンプルに考えれば群れが大きくなるほどこの効果は大きくなります。ドッジボールの苦手な人が、つい人が集まっている場所に動いてしまうのも、ある種の希釈効果を期待しているからと言えるでしょう。

ただ、集まれば集まるほど狙われやすくなります。おびただしい数の鳥が群れで空を飛んでいれば、希釈効果は大きくともすぐに見つかって襲われてしまいます。50羽集まって1個体が襲われる確率が1/50になっても、100倍襲われやすくなれば意味はありません。

しかし、魚類の場合は別です。水中では目で見える距離がかなり制限されるので、少数で動いても多数で群れても見つかりやすさはさほど変わりません。こうして数を増やすことのデメリットを回避しつつ、希釈効果の恩恵を最大限に受けることができるのが水中の生物です。

混乱効果で捕食者を惑わせる

もうひとつの効果は、「混乱効果」と呼ばれるものです。これは、捕食者の意思決定や知覚を妨害して狩りを邪魔する効果です。

例えばウサギを追いかける時、1羽を追いかけるのは的が定まっているから簡単です。では3羽いるとどうでしょう。これだと思う1羽に的を絞るまでにはどうしても多少の時間を要するはずです。狩る側が迷えば、それだけ逃げる側は時間を稼げます

逃げる側はさらに、狩る側の気をそらすこともできます。ようやくターゲットを定め、目当てのウサギを追いかけようと駆け出すと、不意に別のウサギが目の前を横切る――。狩る側がつかの間目移りするだけでも、逃げるウサギにとってはしめたものです。横切ったウサギを取れそうだと思ってうっかり手を伸ばし、取り損なってスピードが落ちれば効果は絶大。逃げる側が意識するしないに関わらず、それぞれが好き勝手な方向に逃げていく群れを追いかけさせるというのは、それだけである程度の妨害になるのです。

「二兎を追うものは一兎も得ず」という諺がありますが、その理由を「群れることによって生じる混乱効果によって捕食者の意思決定が妨害されるため」なんて説明されると、妙に説得力がありますね。

狩る側にも大きなメリット

追われる側のメリットばかり説明してきましたが、群れることは捕食者にとってもメリットです。

例えばライオンは、集団で役割分担をして狩りをすることで成功率を上げています。ライオンの群れは身を伏せてこっそりと獲物の群れに近づき、距離が十分縮まると1頭だけが飛び出していきます。獲物は驚いてちりぢりに逃げていきますが、その中には潜んでいるライオンたちの方に向かっていくものがいるので、そのような獲物に的を絞ることで効率よく狩りができるのです。

ライオンがトムソンガゼルを狩る場合、1頭での成功率はわずか15%ですが、2頭になると倍の31%に跳ね上がります。より大型のシマウマやヌーを狩る場合、1頭での成功率は15%、6~8でかかれば43%の成功率になります。

まとめ

このように群れを作ることの利点にシドニーコモンオクトパスが気づいて、実際に社会生活を営むようになるまでには何世代にも渡って個体同士が日常的に交流してきたのではないかと考えられています。

オクトランティスで見られるタコの社会的行動は、哺乳類やは虫類に匹敵するほど複雑かつ高度なものです。それほどの高度な社会性が自然の条件下で発生したのは驚くべきことでしょう。

オクトランティスの事例を考えると、タコ以外の動物でも条件が整えば高度な社会的行動を取るよう進化する可能性があるのです。オクトランティスは単なるタコの行動の変化だけではなく、生物の社会的知能全般について深遠な問題を投げかけるものなのかもしれません。