水素エネルギーに未来はあるか?(3):水素吸蔵合金か高圧タンク、扱いにくい水素の性質とその貯蔵方法

前回は燃料電池車が次世代の主要な自動車として成功する可能性についてご説明していきましたが、それはあくまで水素エネルギーを人々に供給する水素インフラがあってのことです。

水素は気体ですので、輸送と貯蔵には高圧タンクが必要です。プロパンガスのガスボンベをイメージすると良いでしょう。丈夫ではありますが、非常に重たく、非常時に灯油缶にガソリンを入れて運んだりと言うのは難しそうです。

ガソリンの代わりとして使うようになるは制約が多そうに思われますが、市街地にガソリンスタンドの代わりに水素ステーションが立ち並び、ガソリン感覚で使えるような時代が本当に来るのでしょうか?

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ガソリンの代わりにはならない水素の特異な性質

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ガソリンも水素も同じ可燃性の物質であり、燃やすと高温で燃焼するという性質があって、燃料電池車への水素充填がガソリンの様に出来るからといってもガソリンの代わりにはならないでしょう。

また、常温でガスであり、自動車の燃料としても使われているLPG(プロパンとブタンの混合ガス)なら似ているかと思われますが、LPGのタンクは10気圧前後で容易に液化して運搬出来るのに対して、水素は超高圧に圧縮しても簡単には液化しません。液化水素を使いたければ-250℃に冷却して運搬するハメになるため、圧縮ガスの状態で運びます。つまり、LPGの代わりにもなりません

さらに、水素は小さな分子ですので、生半可なタンクだと水素がタンクの素材に染みこんでタンクの素材が劣化します。少なくともガソリンや灯油の様に灯油缶に入れて運ぶと言うのは不可能ですし、既存のガスボンベを使いまわして充填するようなことも出来ません。

燃料電池車でガス欠したら、誰かに牽引してもらうか、高圧水素タンクが取り付けられた特殊な水素充填機を積んだ車両から水素充填してもらわなければならないでしょう。

容易には液化せず、金属を劣化させ、高圧で運搬しなければいけない水素の使い勝手は控えめに言っても最悪です。

水素の貯蔵方法、超高圧タンクか水素吸蔵合金か

それでも技術が進歩したお陰で、大量の水素を一箇所に貯蔵する方法は増えてきました。

大きく分けて3つ。
1つ目は、高圧のガスタンクを使う。
2つ目は、水素吸蔵合金を使う。
3つ目は、デカリンなどに変換して液化した状態で扱う。

それぞれに利点と欠点がありますが、簡単に見て行きましょう。

超高圧水素タンク

一つは安全性が確保された超高圧水素タンクを使うという方法です。

このタンクでは実に700気圧というとんでもない圧力で水素が充填されていて、この圧力を損なわないために、燃料電池車のタンクにも、水素ステーションの貯蔵タンクにも、水素運搬車のタンクにも、この超高圧水素タンクを使う必要があります。

水の電気分解は自宅で出来るほど簡素な設備で出来ますが、燃料電池車で使うには作った水素を圧縮しなければいけないため、水素を自前で作っても簡単には使えないのです。

以前は、巨大な重たい金属で覆う必要があった超高圧タンクも、トヨタ自動車の燃料電池車「MIRAI」などでは、炭素繊維強化プラスチックやガラス繊維強化プラスチックなど、最先端の素材を駆使し、軽量でありながら丈夫なタンクを作る事に成功しています。

ただ、この700気圧という圧力は相当な圧力です。ガスの体積は700分の1になりますが、大抵のガスボンベの耐圧が300-400気圧で作られていて、空気銃に使われるガスの圧力も200気圧から300気圧です。700気圧と言うとウォータージェット洗浄に使われるような圧力ですので、タンクに穴が空いたらそこから噴出する水素の勢いは相当なものです。

とはいえ、中に入っているのが地球上で最も軽い分子である水素なので、勢いよく出てきたとしてもそれほどの威力はありません。ただし、そこに火を付けると超強力なガスバーナーと化しますので、それだけは注意しなければなりません。

  • 利点
    • タンクを長期間使用可能
    • 製造コストが比較的安い
  • 欠点
    • 高圧水素ガスが危険で扱い難い
    • 水素の圧縮エネルギーが無駄

水素吸蔵合金

水素を高圧で圧縮するために必要なエネルギーはかなりのものですし、そもそも高圧ガスの状態で運搬するというのは極めて危険です。燃料電池がAIPとして使われる潜水艦でも、水素をガスの状態で保管するという選択はしていません。

潜水艦では水素吸蔵合金という水素を貯めこむ性質がある金属を使って水素を貯蔵しています。これは水素が極めて小さな原子で、勝手に金属内部に染みこんで金属を変質させてしまう性質を逆に利用したもので、意図的に水素を合金内部に染み込ませて、好きなときに取り出せるようにしたものです。

現状では染みこんでしまった水素を完璧に取り出す方法がなく、使っていると徐々に金属が劣化して脆くなっていきます。水素吸蔵合金の劣化(水素脆化)は防ぎようがないため、如何にしてこの脆化現象を最小限に食い止めるかが課題となっています。なにせ、数年おきに水素貯蔵タンクを交換する車というのは現実的ではありません。

しかし、高圧水素ガスで水素を貯蔵する方法と比べると非常に使い勝手が良く、体積あたりの貯蔵量も優れています。また、水を電気分解して作った水素を圧縮する事なく直接貯蔵する事も可能なため、燃料電池車に電気を繋いで水を入れて水素を充填する事もできるようになります。

ある意味、水素を使ったバッテリーとも言えるこの技術が進歩すれば、水素の貯蔵に関する問題は根本的な解決を得ることが出来るはずです。

  • 利点
    • 貯蔵した水素を扱いやすい
    • バッテリーとしての運用も可能
    • 貯蔵容量が大きい
  • 欠点
    • 合金の寿命が短い
    • 製造コストが高い
    • 金属製で重量がある

デカリンやシクロヘキサンで水素を液化

燃料電池車などで使うわけではありませんが、水素の生産工場や貯蔵施設から運搬するのに最適な方法が、水素を「シクロヘキサン」や「デカヒドロナフタレンデカリン)」という物質に変換することで貯蔵するという方法です。

これらはベンゼンやトルエン、ナフタレンを水素化する(水素を入れる)と得られる物質ですが、この物質から脱水素化する(水素を取り除く)ことで水素を得ることが出来ます。つまり、水素工場で生産した水素をベンゼンやトルエン、ナフタレンに取り込ませて、常温で液体の物質を作り、液体の状態で運搬するのです。

極端な言い方をすれば、水に二酸化炭素を溶かして炭酸水にして二酸化炭素を運ぶ(非効率ですが)様に、水素をナフタレンなどに溶かしてデカリンにして運ぶというイメージです。

水素の出し入れに特殊な設備が必要なので、燃料電池車などで使うのには向いていませんが、施設から施設への大規模輸送には最適です。

  • 利点
    • 液化した状態だと安全で扱いやすい
    • 貯蔵タンクのコストが少ない
  • 欠点
    • 水素の出し入れに高価な設備が必要
    • 体積あたりの貯蔵容量が比較的少ない

水素の貯蔵方法次第で水素利用の可能性は広がっていく

水素の扱いは非常に難しいにも関わらず、様々な貯蔵方法が考案され、水素を新しい次世代のエネルギーとして活用していく道筋が見えてきた様に思えます。

すぐに使える状態で長期間使いたければ高圧タンク。扱いやすく様々な用途で活用していきたければ水素吸蔵合金。長時間且つ大量に輸送したいなら水素化して液化した状態で輸送すればよいでしょう。現状、水素吸蔵合金は高価で用途が限られていますが、何らかのブレイクスルーがあれば水素のエネルギー利用は急速に加速していくはずです。

水素のエネルギー利用を妨げている最大の理由は水素の製造と貯蔵にかかるコストですが、貯蔵の問題が解決されれば市場に普及していくのは早いでしょう。

しかし、貯蔵の問題が解決されて扱いやすくなったとしても、製造に関する問題は残っています。水素を製造するための環境負荷やエネルギーは本当に有意義なものなのかどうかについては、次回の記事で取り扱って行きたいと思います。

 

第4回:電気分解・石油改質・人工光合成による水素の製造、クリーンなエネルギーであるための課題

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