鳥と昆虫の飛行とホバリングの秘密(後編):ハチとハチドリの驚くべき高速羽ばたき

トンボやチョウが独自の飛行法を用いて空を自在に飛び、空中でホバリングするのに対して、ハエやハチはまた違った方法で飛行しホバリングを行っています。さらに、鳥であるハチドリの飛行法も他の鳥とは大きく異なる部分があるのです。

空気の流れを利用して揚力を生む事に特化した鳥の翼に対し、トンボやチョウを含め、ハチやハエのような昆虫類の羽は揚力を生み出す空気の渦を作る事に特化していることが知られていますが、実はハチドリはその両方の特徴を持っています。ここでは、4枚の羽を自在に扱うトンボや巨大な羽を大きく振り下ろすチョウとは違った、ハチやハチドリの飛行やホバリングの方法についてご紹介していきましょう。

ハチの飛行

ハチの飛行を見る上で最も特徴的なのが、羽を上下ではなく前後に動かしているという点でしょう。

水泳の立泳ぎの際の手の動きに似ていますが、チョウのように大きな羽を持たず、4枚の羽を独立して動かすことも出来ないハチにとって、打ち下ろした羽を引き上げる際のエネルギーロスは致命的です。しかし、羽を前後に動かし、前に動かす時と後ろに動かす時で羽の角度を変えれば、エネルギーや時間的なロスを生ずる事無く揚力を生み出し続ける事ができます。

さらに、羽が非常に小さいために大きな反作用を受けることもなく、短時間に素早く前後に動かすために空中で体のバランスを崩す事もありません。この特徴はハエや蚊などにも共通していて、殆ど同じ要領で飛行・ホバリングを行っています。

ここで大きな疑問が湧いてきます。水泳の立泳ぎで人が浮かんでいられるのは手足の動きで水を押し下げているからですが、一定の浮力のある水中とは違って空中では浮力もなく、空気を下に押し下げるだけでは十分な浮力を得られません。そして、鳥や飛行機のように大きな羽で空気を切ることによって航空力学的な揚力を発生させようにもハチの羽は小さすぎるのです。

これは長らく謎でしたが、昆虫類が空気の渦を用いて揚力を生み出していることが分かり解決しました。ハチは羽を前後に動かす際に羽の下に円形に渦を作りだし、常に渦からの力を羽で受け続けることで揚力を得ていたのです。

ハエやハチの小さな羽でホバリングするにはこれしかないというようなホバリング法ですね。さらに、これを秒間数百回という高速で行うことで長時間の安定した飛行を可能にしています。これはトンボやチョウに比べると優に十倍を越える回数です。

自身の体よりも小さな羽でよく頑張っていると言いたいところですが、ハチと同じような羽の動きをする鳥がいます。それがハチドリです。

ハチドリの飛行

昆虫ではなく鳥であるハチドリは自身と同じくらいの大きさの2枚の羽を秒間80回も動かしながら飛行します。羽の動きをよく見てみると、ハチの羽の動きとかなり似通っているのが分かります。

ハチドリは昆虫類に比べると確かに比較的大きな羽を持っていますが、その分体も重く、大きな揚力が必要になります。そんなハチドリが普通の鳥と同じように空気の流れだけを利用して揚力を得ているのであればホバリングは出来なかったはずです。

鳥の羽はある程度の空気の流れがなければ揚力を生み出すことが出来ず、普通は羽ばたきで速度を得ながら周囲の空気の流れを使って徐々に揚力を増やしていきます。しかし、空中に止まるホバリング中は自身が動いていないため周囲に空気の流れが無く、羽の速度だけで揚力を生み出す必要があるのです。

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(鳥[左]と虫[右]の羽の形状_こだわりアカデミー

ヘリコプターのような回転翼であれば良いのですが、鳥の翼は打ち下ろしたら逆向きに引き上げなければなりません。羽の向きが変わると揚力を得られなくなる鳥の羽で普通にホバリングするのは非常に困難です。また、ミサゴや他の鳥のように巨大な翼を使って一度に大きな揚力を得る方法もありますが、この方法でホバリングを行うには膨大なエネルギーが必要であり、かなり効率が悪いです。

では、どうやってハチドリはホバリングしているのでしょうか?

ハチとそっくりな羽ばたき方をしていることからも分かるように、実はハチドリもハチやハエと同じように前後に羽ばたきながら空気の渦を作り出し、常に一定の揚力を得られるような羽ばたき方をしていました。飛ぶときにハチと同じような音がするのはこのためだったのですね。

ハチドリの羽は鳥や飛行機と同じなので、羽を前に動かす打ち下ろしの際には特に大きな揚力を得られます。また、後ろに引き上げる際にも、羽を裏返して「空気の渦」を作り出すことで揚力を得ています。これによって、ハチのように自在にホバリングする事ができるようになっているのです。

また、飛びながら花の蜜を吸うハチドリは、驚くべきことに嘴をしっかりと一点に固定しながらホバリングします。これだけ大きな羽を動かせばある程度は羽の動きによる反作用を受けて体が前後しそうなものですが、ハチドリは体の内部器官を羽の動きにあわせて前後させることによってこの反作用を低減してることが分かっています。

ここまででハチドリが他の鳥と比べて遥かに優れたホバリング能力を持つことが分かりましたが、その代償も少なくなりません。まず、体を軽くするために足の筋肉が少なくなっていて、骨も細いので歩行が苦手です。さらに、ホバリングに必要なエネルギーを得るために一日あたり体重の1.5倍以上の花の蜜を吸い続けなければならないため、毎日何百回も花の蜜を吸っています。

もちろんハチも蜜を吸いますが、大半が巣に持ち帰って繁殖に使うためのもので、自身の栄養にする分は少量です。そう考えると、鳥の体の大きさで昆虫のように生きるのはかなり大変なことのようですね。

鳥と昆虫のホバリング

鳥と昆虫のホバリングに言えることは、ホバリングには空気の渦を効果的に活用することが重要ということです。

仮に飛行機や固定翼機の翼で羽ばたくことが出来たとしても、空気の渦を作れない限りはホバリングすることは出来ないでしょう。また、ハチドリ以外の鳥でもホバリングや垂直上昇が出来る鳥は羽の周りに空気の渦を作り出していると考えられています。

一方で、空気の渦を生むような翼の動きは進行方向に対する抵抗が生まれてしまうため、全体の速度が落ちてしまったり、空気の流れが剥離してしまうことがあり、滑空や通常の飛行には適しません。しかし、瞬間的に揚力を生むという一点で見ると非常に優れた羽の使い方と言えそうです。

ヘリコプターなどに応用できれば良いのですが、回転翼機は複数の翼が同じ場所を回ることで揚力を生み出しているため、前の羽が生み出した渦が次の羽に悪影響を及ぼす可能性があり、そのまま使うわけには行かなそうです。

とは言え、昆虫やハチドリと同じように羽ばたく機械が既に作られていることもあり、今までの飛行機とは違った原理で空を飛ぶ飛行機が現れる日もそう遠くないかもしれません。

 

参考:
生物の飛翔・遊泳時に発生する渦とその反作用の力 
こだわりアカデミー:昆虫の飛行を解明する