プラシーボ(プラセボ)効果を除外したい!米国の製薬会社が遺伝子情報での選別試験を研究中

プラシーボ効果。日本語では偽薬効果とも呼ばれるが、所謂「薬を飲んだからきっと効く」と言う思い込みから、痛みや神経症が直ってしまう効果の事だ。プラシーボ効果は精神的な作用であるため、効果があるのは痛みや精神症状の軽減程度だと思われがちだが、脳内物質の分泌量が変化することで血液の組成が変わり、腎臓や肝臓の疾患にも影響があることが知られている。

国内では殆ど見られないが、海外の医療機関の中では積極的に偽薬効果を狙った治療を行う機関も存在している。どんな薬が効くか分からないような患者にも一定の割合で効果があるため、偽薬であっても薬になるのだ。

それなら良いことの様に思えるが、プラシーボ効果で非常に大きな不利益を被っている会社がある。それは製薬会社だ。

プラシーボ効果による多大な不利益

製薬会社は新しく作った薬品を市場に出すために、莫大な費用を掛けて臨床試験を行う。何百人という被験者に薬を飲ませて、副作用が無いか、効果がどの程度あるかを調べる。

そんな彼らにとって、プラシーボ効果は天敵以外の何者でもない。

プラシーボ効果は、「実際に効果が無いのに効果がでてしまう」現象である。一般的には、体に良い影響が意図せず出てしまう事を指すが、稀にプラシーボ効果による影響が悪い方向、副作用としてでてしまう事がある。これはノセボ効果と呼ばれる別の現象だが基本的な原理は同じで、「副作用があるかも知れない」と思い込む事によって実際に副作用のようなものが現れてしまう現象だ。

良い効果がでるプラシーボも、悪い副作用が出るノセボも、製薬会社の臨床試験で必ずと言って良いほど発生する。プラシーボ効果は、状況にもよるが5%―30%程度の人に発生する。5%ならまだしも、30%もでてしまった日には投薬の効果が全くわからなくなってしまう。

そのため、殆どの場合で、効果のあるものと無いものを投薬して同様の試験を複数回実施する。それでも、プラシーボ効果は普通の薬品と違って必ず効果が出るわけではないし、そもそも発現確率にばらつきがある。同じ被験者で効果が出るか確かめられればベストだが、試験薬でも偽薬でも効果が出て症状が軽減してしまった患者をまた使う訳にはいかないので、厳密な比較は出来ない。

副作用の試験であれば健康な患者を使うので良いのだが、実際の効果は何らかの疾患を持っている患者でなければ行えない。様々な病状で症状の重みも違う患者のグループに試験薬と偽薬を別々に投与して、同じ確率で偽薬効果が発現するとは限らない。

そのため、様々な患者のグループで様々な試験を実施して、偽薬効果の可能性を潰していかなければいけない。もしくは、偽薬効果が出たとしても圧倒的な効果を発揮し、十分に効果があると断言出来るような薬を作らなければいけない。

どちらにせよ、大きな費用がかかってしまう。

プラシーボ効果の発現因子は遺伝子にあり

脳内物質(アドレナリン、セロトニン、ドーパミンなど)が中枢神経や自律神経に働きかける事で、プラシーボ効果が出る事が分かっているが、その分泌物が出る条件が今まで分かっていなかった。近年の研究で、プラシーボ効果が出るか出ないかの要因には、遺伝子が深く関わっている事がわかった。

心の底から薬に効果があると思っても、実際にプラシーボ効果が出るとは限らない。出るかどうかは特定の遺伝子構造によって判断できるかもしれない。

そんな研究結果がもたらされ、米国の複数の製薬会社がここぞばかりに食いついて出資を始めた。

プラシーボ効果が出やすい患者が遺伝子によって特定できれば、臨床試験の被験者を出やすい患者とそうでない患者に選別することが出来る。出やすい患者に効果があれば、ある程度は偽薬効果によるものであると判別でき、出にくい患者に効果があれば、その効果はまるまる投薬によるものであると判断できる。

そんなことが可能になれば、臨床試験の費用は大幅に削減出来る。場合によっては、臨床試験の被験者からプラシーボ効果が出やすい被験者を除外して、プラシーボ効果が出にくい被験者だけで試験を行う。そうすれば、臨床試験のデータはほぼ丸々試験薬の効果であると判断できるのだ。うまくすれば、偽薬による比較試験も要らなくなるかもしれない。

シュミレーションによると試験費用を半分以下に抑える事も可能だという。臨床試験の革命とも言える大きな進歩だ。

遺伝子による被験者試験には大きな課題

今まで通りに試験をして、その結果からプラシーボ効果を差し引くのであれば別だが、最初からプラシーボ効果が出やすい患者を遺伝子的に除外するのには大きな問題がある。

というのは、プラシーボ効果が出やすい遺伝因子が、薬品の影響に全く関わりが無いとはいえないからだ。つまり、プラシーボ効果が出やすい患者にその薬品を投与すると、もしかすると「通常よりよく効く」かも知れないし、「通常より効かない」かもしれないし、「副作用が出る」かもしれないということ。

加えて、プラシーボ効果の影響が大きいのは精神疾患を抱える患者であり、その多くが脳内物質の分泌異常を伴っている。ある意味では、「思い込みが激しい」せいで病気になっている患者もいるわけで、そう言う患者にも効く薬が当然の様に必要なのだ。

プラシーボ効果は思い込みから発生するものだが、そのせいで苦しんでいる患者を無視することは出来ず、そう言う患者を臨床試験から除外し、効果を測定しないのは臨床試験の目的から大きく逸脱してしまう可能性がある。

臨床試験費を抑えられれば多くの薬品を効率的に作ることができることは確かだが、仮に遺伝因子が特定され、被験者の選別が可能になっても、すぐには臨床試験の形が変化することはなさそうだ。

 

参考文献:(Science 19 September 2014: Vol. 345 no. 6203 pp. 1446-1447 )