医療の進歩は、テクノロジーの進歩と共にありました。映像技術の進歩は内視鏡の発明・発展につながり、電池の進歩は人体への害が少ない長寿命のペースメーカーを生み出しています。
過去20~30年で急速に発展したネットワーク技術もまた、「距離を超えて医療の質を上げる」という形でその発展に寄与しています。本記事では、遠隔地と大都市の医療を結ぶ取り組みの例として、手術ロボットと医療ドローンについて紹介していきます。
手術ロボット20年の進化
手術ロボットといえば、アメリカのインテュイティブサージカル社(日本法人・東京都港区)の「ダビンチ (da Vinci)」が有名ですが、これが販売されたのは1999年のこと。
日本でのダビンチは当初、前立腺がんの内視鏡手術などで使われていました。それから20年が経ち、今では胃がんや肺がんの手術にも使われています。2019年にダビンチの特許が切れたことで、医療ロボットへの新規参入が進んでいます。
ロボットにお任せあれ
「経験の差によらず、精度の高い手術ができる」
「ロボットに任せる感じに近い」
これらは、手術ロボットを使った医師の感想です。
手術ロボットの主流は、自動車工場で使われるようなアーム(腕)型。機械本体から複数の「腕」が伸び、文字通り医師の手足となって手術を行います。
アームを操作する外科医は手術室内に設置されたモニター(テレビ画面)に向き合い、指で装置を動かします。アームは指の動きと連動し、切開、切除、縫合などの操作を正確に行います。
手術ロボットのアームが受けた圧力は、外科医の指が触れている装置に伝わるので、外科医は臓器の柔らかさや縫った糸の張りの強さまでもわかるのです。
「経験の差によらず、精度の高い手術ができる」と述べた医師は、手術ロボットを使ったほうが、がんを確実に切除でき、出血量を減らすこともできるとも話しています。
手術ロボットで行なう内視鏡手術は、「外科医の手」で「腹を大きく切る」手術とは違い、患部近くに小さな穴をあけるだけで済みます。切開する範囲を減らすことは、患者のQOL向上に貢献する要素。
手術ロボットを使うことができる治療の種類はまだ限られていますが、それでもすでに人間の能力を超える部分があることがわかります。
「神の手の再現」「遠隔手術」も
手術ロボット自体の進化に、5G(第5世代通信システム)やAI(人工知能)といった最新のITが加われば、「外科医全体のレベルアップ」と「遠隔手術」が可能になるのではと期待されています。
さらに2020年には、AIを使って手術中の患者の情報をリアルタイムで可視化するソフトウェアが開発されています。リアルタイムで必要な情報を表示することで、医療ミスの軽減につながることが期待されています。
将来的にはAIを使い、名医や熟練医の手の動きを手術ロボットに学習させるという展望もあります。そうすれば、外科医本人のスキル差を埋め、高度な手術を多くの病院で行えるようになるでしょう。
5Gの普及もまた、医療の発展につながると考えられます。
5Gは従来のネットワークよりも通信速度が早く、遅延が少ないのが特徴。たとえば北海道にある手術ロボットのアームを九州にあるモニターから遠隔操作したとしても、操作と映像の送受信タイムラグによる違和感は従来のネットワークよりもかなり軽減されるでしょう。
弘前大学大学院消化器外科学の袴田健一教授は、遠隔手術のメリットとして次の項目を挙げています。
●医療の質の向上
●誰でも質の高い医療にアクセスできるようになる
●患者が治療に能動的になるため、治療効果が上がる
●外科医の減少という社会課題の解決の一助になる
●国内の関連分野の技術開発を促進する
スペイン・バルセロナでは腸筋腫の手術において、「遠隔手術」の一歩手前である、5Gを使った「遠隔指示」が行われました。日本では日本外科学会が、遠隔手術の実現に向けて指針づくりに動いています。
外科医の技術が距離を超える時代は着々と近づいているのです。