救難飛行艇US-2で潜水艦や海賊と闘う理由、その圧倒的な低速性能

かつては大量に作られた飛行艇ですが、滑走路が整備されるようになった現代では殆ど作られていません。日本、ロシア、カナダ、中国など数えるくらいです。海賊や対潜哨戒に使えると言っても、今ならヘリコプターやジェット機を使えば済む話。

US-2は救難飛行艇として開発され、日本でも離島からの搬送や海難事故での人命救助や人員輸送を目的として運用されています。しかし、US-2の能力が発揮されるのは人命救助の場面だけではありません。海賊との戦いや潜水艦の哨戒にも活躍できるとされています。どうして、時代遅れとされた飛行艇が改めて注目されるのでしょうか?

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現代における飛行艇のお仕事

現代における飛行艇の任務は大きく分けて、「消火活動」「人員輸送」「偵察・警戒」の三つです。

消火活動

森林火災ではポンプ車などの運用は難しく、飛行機やヘリによる消火活動が主になります。ところが、水など大量の消火剤を積める飛行機だと消火剤を補給するためにいちいち滑走路に降りる必要があって時間のロスが大きく、湖などで水を汲めるヘリでは消火剤の量が不足します。

その点、飛行艇なら飛行機並の消火剤を積め、ヘリのように湖に一瞬降りて水を汲む事ができます。この利点を活かして、森林火災の多い国では飛行艇が有効活用されています。飛行艇といえば、空中消火と言っても過言ではありません。

人員輸送

飛行艇は水場があれば着水できるため、滑走路が無い場所にも降りる事が可能です。このため、滑走路のない離島から素早く人員を運搬することができますし、波が低ければ海難事故の際に救助部隊を展開し、人命救助もできるでしょう。また、テロや海賊などの事件が起こった場合に特殊部隊を素早く展開し、人質を回収するような事もできなくはありません。

もちろん、これはヘリなどを使ってできないこともなく、人員輸送にどうしても飛行艇を使わなければいけないということではありませんが、ヘリよりも航続距離が長いため、離島や領海の広い国家などでは使い勝手が良いでしょう。

偵察・警戒

かつて、飛行艇は海上偵察任務などに広く使われていました。しかし、海上を滑水できる船体形状は飛行機としての性能・効率を落とすため、必要が無いのであれば飛行機に飛行艇としての滑水能力はつけません。

飛行場が世界中で整備されるようになった現在、海上偵察や対潜哨戒などの任務は普通の飛行機が担当しています。これは航続距離・最高速度・コストパフォーマンスという面で、普通の飛行機の方が優れているからです。

そのため、飛行艇が潜水艦を探す対潜哨戒や不審船を探す偵察任務に就く事はかなり稀になりました。飛行艇による偵察任務自体は今でも可能ではあるものの飛行機で代用できるものであり、実際に飛行艇で海上偵察任務を行なっている国は殆どありません

US-2が切り開いた新たな可能性

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(US-2飛行艇_JMSDF

「飛行艇を偵察任務や警戒任務に使うのは時代遅れ」
そんな風評を破壊するだけの性能を示したのがUS-2です。

細かな性能比較については、この記事を見て頂ければ分かりますが、US-2は圧倒的な「低速性能」と「短距離離着水」を実現した飛行艇なのです。これは単純に「遅く飛べる」という能力を突き詰めた結果なのですが、この「遅く飛べる」という能力がUS-2では想像以上のレベルに達しています。

US-2は時速95キロ(50ノット)程度で離水できると言われており、これは普通の飛行機の半分以下の速度です。

これだけ遅くても飛べるということは離着水時の加速と減速に必要な距離が短くなるということで、その距離が実に300m前後。これは同様のプロペラ機の3分の1近くになります。そして、離着水に必要な距離が短くなるということは小さな湖にも着水できるということになり、荒れた海で波が低い場所を見つけられれば隙をみて着水できます。

だからどうしたという話ですが、この「遅さ」は人員輸送だけではなく、偵察・警戒任務にも強い威力を発揮します。

レーダーの発達した現代において、偵察機が本腰入れて探すべきなのは潜水艦。対潜哨戒で必要なのは「ゆっくりと移動する潜水艦を追跡する能力」です。

潜水艦はその静粛性を保つために、非常にゆっくりと移動しますが、速度の速い飛行機ではすぐにその場から離れてしまいます。そのため、対潜哨戒機には速度の遅いプロペラ機が使われ、正確な居場所を掴みたければ対潜ヘリが用いられます。ヘリのように同じ場所に留まることはできませんが、US-2のような飛行艇の活躍の場も十分にあるでしょう。

また、海賊船などが相手の場合は相手を殺害するよりも撃退・捕縛することも求められるため、守るべき船舶の付近に留まって威圧したり、着水して武装した兵士を展開したりする能力も必要とされます。相手が武装解除すれば、飛行艇を横付けしてその場で逮捕することもできるでしょう。これらは今まではヘリでなければ出来なかった任務です。

今までの飛行艇といえば、「船」と「飛行機」両方の性質を持つ飛行機でした。それが、US-2では「船」と「飛行機」と一部ではあれど極めて低速で飛行できる「ヘリ」に近い運用ができるようになったのです。これによって、飛行艇の運用の幅はかなり広がったと言えます。

現状、これほどの低速で飛行できる飛行艇はUS-2の他に存在しません。それこそ、オスプレイのようなティルトローター機を飛行艇として使わない限り、US-2の代わりにはならないはずです。

まだまだUS-2の可能性は認知されていませんが、US-2の運用が始まってから2016年時点でまだ10年も経っていません。これからどんな使われ方をしていくのか、楽しみな所ではありますね。