何故マタハラが起きるのか?(その3):「社会的・文化的に古い慣習―男は外、女は家」

マタハラが起きる原因の一つに、企業の生産性重視の考え方がありました。
これはどんな企業にも起こりえる事です。しかし、もう一つ忘れては行けない重要な問題があります。

それが社会的・文化的側面の問題です。

「男は外で働き、女は家庭を守るべき」
この考え方は今でも日本人の半数がこの考えを持っています。特に子供が生まれる場合にはこの考え方が顕著に現れ、子供が生まれて家庭を作るのであれば、会社を辞めるべきだということで退職を強要されてしまうのです。

数百年前から、それこそ数十年前までは女性の社会進出と言うのはありえないことでした。

家の外に出て働くのは男性で、女性は常に家庭で子育てをしていました。働く女性の殆どは未婚で、扶養してくれる人がいないから仕方なく働いているだけです。結婚し、扶養される様になると働かずに家庭に入って夫のサポートをするのが新しい仕事になります。
それが、数十年前までの常識でした。

しかし、時代は変わり、女性は結婚しても働くようになります。
子供が出来ても働く女性は沢山います。

一体、世界の何が変わったのでしょう?

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女が家庭を守らなければいけなかった理由

それを知るためには、女性が今までずっと家庭の中に押し込められてきた理由を理解する必要があります。

ポイントは以下の3点。

1.身体能力  :「体力・筋力の差」
2.身体機能  :「母乳の重要性」
3.母性   :「子供への愛情」

まず、身体能力。
筋力や体力に関しては、女性より男性の方がはるかに優れています。これにより、狩猟や農耕などの力仕事に関しては男性が従事する効率的でした。無論、昔も体力や筋力が必要のない仕事が存在しましたが、その大部分が炊事や洗濯といった家庭での仕事だったのです。

次に、身体機能。
乳幼児には母親の母乳が必須で、常に母親は幼児の側にいなくてはなりませんでした。これではとてもではないですが、働くことが出来ません。子供が成長しても、その前の慣習がすぐには抜けず、しばらくは母親が育児の中心に居続ける事になります。

次に、母性。
男性に比べて女性は子供を可愛がる傾向があります。所謂、母性です。これは実のところ、男性とは違って女性にはその子供が女性の子供であるという確信が初めから存在しているからなのです。男性の場合、妻の子供が本当に自分の子供であるかどうかの確証はありません。妻を信用していたとしても、本質的に子供が自分の子供であるという確証を得られない以上、男性は本能的に自分の子供に対する愛情が女性より薄くなってしまいます。

要するに、女性が家庭を守らされていた理由は、
働くための身体能力が男性の方が優れていて女性が家で子育てをした方が効率的で、女性の方が子供大切にするから、と言うのがその理由です。

これらの理由は、今でも変わらないと思うかもしれません。

しかし、世界は変わりました。
特に、女性の身体能力と身体機能についての男性との差異は、そこまで重要ではなくなっているのです。

世界の技術と社会の進歩

今の日本で、仕事と言うと何を想像しますか?
農作業ですか? 狩猟ですか? それとも土建ですか?

きっと大部分の日本人が、仕事といえばオフィスワークや飲食などのサービス業を思い浮かべるのではないでしょうか?

現代の仕事において、男性じゃないと出来ないような重労働は殆ど存在しません。重労働の大部分は機械に取って代わられ、人がその肉体を酷使して働かなければなら無いような仕事はどちらかという少数派になっています。

筋力と体力が無いと仕事が出来ないと言う世界ではありません。

次に、乳幼児の母乳についてですが、今では優れた哺乳瓶や粉ミルクが安価に製造され、簡単に手に入る様になっています。女性でなくとも、乳幼児を育てる事は可能です。子育てが女性でなければ出来ない理由はありません。

ただし、母性については別です。

DNA鑑定ができるようになって、子供が誰の子供か科学的に判定できる世の中になったとしても、男性の本能的な不信が拭い去られる事はありません。愛する妻との間に生まれた子で、勿論大切で可愛い子供であることには変わりありません。しかし、ほんの僅かな本能的な不信が妨げになり、女性の方が男性より子供を大切に可愛がる傾向は今でも変わりません。

しかし、それはあくまで女性本人の傾向としての僅かな差に過ぎず、身体的な問題が取り払われた現代ではあまり大きな意味を成しません。

家事が大変?働く時間なんて無い?

女性が社会進出し、家庭から出て行くための理由の大部分が無くなりました。
しかし、誰かが家庭にいなければいけないのであれば、女性がいるのが最適だと言う言い分は存在しています。

確かに、家事や子育てを誰かがやらなければいけません。ですが、それは本当に人一人が一日中従事しなければ行けないような仕事でしょうか?

それこそ数十年前であればその通りだと思います。箒とちりとりで掃除をし、手洗いで洗濯をして、食材を集めて料理をする。これは確かに、丸一日かかる作業です。ですが、今はそんな事はありません。

掃除機を掛け、洗濯機を回し、食材はコンビニやスーパーで手に入る。料理だって、レンジやレトルト食品で事足りるようになっています。
毎日冷凍食品では困りますが、忙しい日に料理をしなくて済むのであれば大きな進歩です。

ハッキリ言って、今の世界で女性が家に一日中張り付く理由はありません。むしろ、主婦が暇を持て余して、無為な出費を重ねる事が夫の悩みの種にもなりつつあるのです。

子育ても大きな負担です。しかし、保育園や学校に子供預けない母親がどれほどいるでしょう?

子供を集め、数人のプロフェッショナルの下で子育てを行う。子育てもシステム化され、効率化されています。1-3人程度の子供に、母親がずっとつきっきりでなければならない理由はありません。

「男は外、女は家」の根拠の崩壊

技術が変わり、世界が変わりました。
女性が家庭にかかりきりになる理由はありません。

既に、「男は外、女は家」と言う考え方の根拠が崩壊しつつあることに気づかなければいけません。

女一人で家の仕事では、仕事が楽で女が暇すぎるでしょう。正社員は少ないですが、パートで働く女性はかなり増えました。これが意味しているのは、家の仕事だけでは間違いなく時間が余るということなのです。

正社員としてフルタイムで働ける程の暇は無いのでは?
と言う質問は最もですが、何故男性が家の手伝いを全くしないのでしょう?

家事は遥かに簡単になっていて、男性であっても簡単に出来ます。家庭や子供に関する仕事を、男性と女性が共同で行えば、何の問題もなく家庭の仕事を回せる筈です。

現代のシステムや新しい技術を存分に活用すれば、家庭の仕事に関する負担はかなり軽減される筈です。

女性が家にいなければ行けない理由って、一体何なのですか?