中国の沿岸警備隊である中国海警が、「体当たり戦法」を念頭に置いた巡視船を配備しようとしているとして話題(JBPRESS)になっています。この1万2千トンもある中国の巡視船は日本のイージス艦より巨大な船で、それを体当たりに使うと喧伝しているのです。
「どうして今更体当たり戦法なのか」、と笑いたくなる所ではありますが笑えません。実は、中国の巡視船のアピールのとしては、ある意味画期的な戦力アピールになっています。事実、この話を聞いた米海軍に戦慄が走り、今後の戦略を考えさせる結果になっているとか。
一体どうしてこのようなことになったのか、簡単にご説明していきたいと思います。
体当たり攻撃は大きさが全て?
体当たり戦法を行う場合、衝突時の角度や速さ、丈夫さが重要になってきますが、それ以上に重要なのが船舶の大きさです。
船体が大きく重いほうが衝突時のエネルギーが大きく強力で、衝突時のダメージも最小限に抑えれます。また、どんなぶつかり方をしたとしても相手船舶より十分に大きければ耐えられますし、耐えた上でぶつかった側の船舶を一方的に破壊する事が可能です。ただし、小型船舶は大型船舶に比べて小回りが利くため、十分に警戒していれば避けられることもあり、このような一方的な体当たり現代ではあまり起こりません。
体当たり攻撃が主流になったのは古代ローマとか古代ギリシャの時代で、衝突攻撃用の衝角が船の先端に取り付けられていました。これを使って敵の船底に穴を開けたり真っ二つにするのです。日中戦争ぐらいまでは、軍艦に当たり前のように取り付けられていました。
(三段櫂船の衝角_Wikipedia)
現代の船にもそれっぽい突起が付いていることがありますが、これは衝角ではなくバルバス・バウ(Wikipedia)と呼ばれる波の抵抗を最小限にするために付けられている突起です。装甲は施されておらず、戦闘艦ではソナーなどの電子機器が取り付けられているデリケートな部分なので、体当たりには使いません。
そもそも、このような体当たり用の装備は現代の戦闘艦には全く取り付けられておらず、「体当たりで敵を倒す」という様な戦法は想定されていないはずなのです。
にも関わらず、何故中国海警は体当たり攻撃に注目するのでしょうか?
戦争を回避しつつ目的を達成するための手段
体当たり攻撃なんて起こらないと思われがちですが、ソ連の軍艦が米国の軍艦にミサイル攻撃を行った事がない一方で体当たり攻撃を行った事(Wikipedia-英)はあります。また、体当たりは非武装の船舶が武装した船舶に立ち向かう唯一の手段でもあり、軍艦と漁船の衝突事故はかなり多いのです。
体当たり攻撃の利点は以下の3つ。
- 武器を使わないので攻撃にはならず事故扱い
- 非武装の船舶が武装した軍艦に対抗できる
- 敵船舶を近づけさせない事が出来る
体当たり攻撃では武器を使っていないので、「攻撃する意図は無かった」という主張が可能になります。また、他の武器を使った攻撃に比べると重傷者が出にくいのも利点です。そもそも、現代ではミサイルや艦砲を積んだ軍船による「体当たり戦術」なんてものは想定されていないので、ぶつかってしまったらそれは「衝突事故」であり、攻撃と呼ぶのは難しいでしょう。
また、非武装もしくは軽武装の船舶が重武装の軍艦に対抗する手段としても有効です。漁船などが良い例ですが、実際には「巡視船」で「駆逐艦」に立ち向かう事が可能であり、中国海警の大型巡視船の体当たりアピールにもそれが想定されていると見られています。事実、高性能なイージス艦「こんごう」であっても中国海警最大である1万2000トン級の巡視船に体当たりされたら被害は甚大です。
そして、「衝突を恐れた敵船舶を遠ざける」事が出来るというのが最大の利点です。これは実際に体当たり攻撃してくる中国の様な国の巡視船で無いと起こりませんが、近づいてくる大型船舶に体当りされるリスクがあって誰も近づけず、かと言って先制攻撃もできないために敵船舶は遠巻きに見ているだけとなり、大型巡視船は自由に行動出来ることになります。
実際に大型船舶体当りされそうになっても小型の船舶であれば避けられるわけですが、片方が一方的に危険な状況を作るだけで大きな強みになります。
意外に賢明?大型の巡視船で体当たりという戦術
体当たり攻撃と言っても、意外に馬鹿に出来ません。
ミサイル攻撃してくれば戦争になりますが、衝突事故では戦争にはなりませんし、尖閣諸島の問題で考えてみると、その船舶は自国が領有権を主張している地域を航行しているだけなので領海侵犯という主張も水掛け論です。
また、ミサイルなどは搭載しない巡視船だというのもポイントです。
空母やミサイル巡洋艦が突っ込んできたらそれこそ一触即発ですが、警察組織の一環である沿岸警備隊の巡視船なら話は別です。そして、巨大な巡視船に対抗出来るのが軍艦だけだからといって大きな軍艦を差し向けると、今度は「警察組織の巡視船に軍艦を差し向けるとは何事か」と非難されます。
「そんなに馬鹿でかい船を送り出してきて何を言うか」と言いたいところですが、巡視船の武装自体は機関砲程度なので、「衝突事故」以外で船舶を沈める事は出来ず、ミサイル搭載の軍艦に比べると脅威度は別次元です。
そもそも、大艦巨砲主義の時代ならまだしも、1万2千トン級の軍艦は珍しくなってきており、こういった大型巡視船に対抗出来る船は減りつつあります。それこそタンカーでも繰り出して海にバリケードを築く必要があるかもしれませんね。
大艦巨砲主義の終わった世界
大艦巨砲主義が終わった現代の戦闘艦は、空母類を除けば大きくても満載排水量1万トン前後の昔の巡洋艦クラスの大きさしかなく、それ以外の大半が駆逐艦やコルベット級の数千トンの小型艦でしかありません。
それも当然の事で、対艦ミサイルの威力があれば大和だろうと原子力空母であろうと、沈みこそせずとも甚大な被害を蒙り、一瞬で戦闘不能に陥ります。であれば、安価な小型艦にミサイルを搭載して攻撃した方が良いという流れになるのは至極当然のことです。また、潜水艦が高性能化したことで戦艦以上の脅威となり、潜水艦からの魚雷攻撃を回避する上でも小型・高速であることは非常に重要な要素となりました。
「戦闘艦は小型・高速でステルス性があり、様々な兵器を同時に扱える能力がある方が強い」とされる近代の戦闘艦において、大きさと言うのは足かせにしかなりません。
いくら体当たり攻撃が強いと言っても、中国海警が作ったような1万2千トン級の巨大な巡視船は必要ないように思われます。しかし、大きな巡視船を先に作っていたのは日本でした。
(次ページ: 日本の巡視船が大きい理由)