鳥と昆虫の飛行とホバリングの秘密(前編):トンボとチョウの独特な飛び方

ハチドリは世界でも最も小さな鳥です。全長は僅か6-20cm。体重は2-20gと圧倒的に小さい鳥です。サイズ・重量感としては、空き缶より少し小さいぐらいをイメージすると良いかもしれません。世界最大の飛行鳥であるコンドルが、全長1.2mで体重が10kgを優に越えることを考えると、如何に小さな鳥かが分かるでしょう。

そんなハチドリのもう一つの特徴が鳥類随一の「ホバリング能力」です。他に世界でホバリングが出来る生物は、昆虫類と航空機を開発した人類ぐらいでしょう。彼らはどのように飛行し、どのようにホバリングしているのでしょうか?

前編では「トンボ・チョウ」、後編では「ハチ・ハチドリ」について取り扱っていきます。また、鳥類の飛行能力については「飛ぶために進化する鳥達」でまとめて扱っておりますので、他の鳥達について詳しく知りたい方はそちらもご覧下さい。

2023年7月5日追記。

ホバリングのポイント

ホバリングというのは空中で静止するということです。簡単な様に聞こえますが、重力下では常に下に落ちる方向の力がかかるので当然上向きの揚力を何とかして作らなければいけません。この際、上向き以外の力が働くと綺麗なホバリングはできないのです。

さらに、ロケットのように燃料が爆発する勢いで上に上がるのなら良いのですが、昆虫や鳥なら羽や翼、ヘリコプターなら回転翼を回して揚力を作らなければなりません。しかし、羽や翼を動かせば、それに対する反作用が働いて体も動いてしまいます。オールを前後に動かせば、体もそれに合わせて前後に動いてしまうのと似ていますね。これをコントロールできなければ、安定してホバリングする事はできません。

これは回転翼を持つヘリコプターでも同じことで、プロペラを回せば反作用で機体も反対側にくるくる回ってしまうのです。尾翼を取り付けたり、回転翼をもう一つ付けて反作用を打ち消していますが、実は他の生物と比べるとかなり比効率的な手法なのです。

以上の事柄をまとめると、
上向きだけの揚力をどのように作るか
翼や羽の反作用をどう扱うか
の2点がホバリングの際に考えるべき重要なポイントと言えるでしょう。

鳥と昆虫の揚力の作り方の違い

ホバリングや飛行について考える前に、鳥と昆虫の飛行は似ているようで大きく違う点が一つあります。

それは、鳥が飛行機と同じように「翼が空気を切ることで揚力を生み出す」一方で、昆虫は「羽ばたきによって羽の下に渦を作ることで揚力を生み出している」という点です。

※関連記事:飛ぶために進化した鳥達(前編):飛び方・体・翼に至るまで、飛行を追い続けた生物

鳥の飛行には飛行速度が重要です。羽ばたきによって加速し、翼が勢い良く空気を切ることで上向きの力を作り出しているので低速では飛行できません。ホバリングが出来る鳥が殆どいないのはそのためです。これは航空力学にも使われている原理であり、虫も同じ原理で飛行していると長らく考えられていました。

しかし、飛行の得意な昆虫の多くが、ホバリングかそれに類する低速飛行を行っているにも関わらず、鳥や飛行機が生み出している翼と風の揚力だけでは虫の飛行は説明できませんでした。近年になって、どうやら虫は羽ばたきによって加速するだけではなくて羽ばたきによって作った空気の渦から揚力を得ているという事がわかってきています。

この虫が生み出す空気の渦の生成原理については詳しく分かっていないのですが、羽ばたくことで自身を押し上げてくれる局地的な上昇気流のような渦を作り出すという理解で十分でしょう。この渦を効果的に活用することで、虫は鳥や飛行機のような翼を持たずとも空をとぶことが出来ているのです。

これを踏まえた上で昆虫のホバリングについて解説していきます。

トンボの飛行

 

トンボのホバリングは昆虫類の中でも最も安定しており、本当に静止しているように見えるのが特徴です。

上向きの揚力は翼を上下に羽ばたかせる事で発生させていますが、これだと胴体が上下に動いてしまうのであまり安定しません。そこで、トンボのホバリングで注目するべきは4枚の羽(翅)の巧みな使い方でしょう。前と後ろの羽を使って交互に羽ばたくことで、前の羽を打ち下ろした際の反作用を後ろの羽で打ち消し、後ろの羽を打ち下ろす時は前の羽を持ち上げて反作用を打ち消しています。

例えるなら、泳ぐ時のバタ足が似ています。バタフライのように足を揃えて動かすと体は前後に大きく揺れますが、左右の足を交互に動かせば体は安定しますよね。

トンボや昆虫の羽は非常に軽いので、羽を動かす事による反作用は殆どありません。しかし、羽の打ち下ろしの際に空気から受ける抵抗は無視出来ず、トンボのように巧みに羽を扱わない限り、ゆらゆらと揺れるようなホバリングになるでしょう。

トンボの飛び方の優れている点はそれだけではありません。急加速したい場合は4枚の羽を同時に打ち下ろし一気に速力を得て、逆に速度を維持して滑空したい場合は大きく開いたまま完全に止めてしまいます。高度や姿勢を変えるために前だけ動かしたり後ろだけ動かしたりすることもあり、昆虫類の中でも特に高い飛行能力を持っている事がわかりますね。

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