海上衝突回避規範(CUES)というのをご存知でしょうか?
中国艦船の異常接近や火器管制レーダーの照射などが相次ぎ、2014年に中国を含めた西太平洋海軍シンポジウムで合意を経て定められたもので、海上での偶発的衝突を防ぐための「マナー」を示した規範です。
昨今、中国との領海争いが東アジアの各地で話題に登るようになり、米国も「航行の自由」を掲げて本格的に活動を始めるように成りました。そんな海上での緊張が高まる中で定められた規範ですが、これはそもそもどんなものなのでしょうか?また、本当にこの規範があれば海上での衝突をきっかけにした紛争が起こらなくなるのでしょうか?
あくまで「規範」であって「規則」ではない
海上衝突回避規範(CUES: Code for Unplanned Encounters at Sea)というのは、海上で偶発的な衝突を避けるための艦船の振る舞いについて記述した規範です。これは2014年の西太平洋海軍シンポジウムで日本・米国・カナダ・中国・フランス・フィリピン・ロシア・韓国・タイ・ベトナム・豪州・ブルネイ・カンボジア・チリ・マレーシア・ニュージーランド・パプアニューギニア・ペルー・シンガポール・トンガ・インドネシアの21カ国の合意を経て作られました。
この規範があれば海上での衝突が完全に防げるのかというと実際には難しいところで、敢えて「マナー」と書いたのは、この規範には法的拘束力や遵守義務が存在しないからなのです。
1972年に国際海事機関であるIMO(当時IMCO)により制定された条約である「国際海上衝突予防規則(COLREG: Convention On the InternationaL REGulations for Preventing Collisions at Sea)」とは違って、本規範は国際的な会議により制定されたわけではなく、あくまで東アジアを中心としたシンポジウムで提起された規範だからです。
従って、中国などの一部の国が「故意に」この規範を破ったとしても一部の国際的な非難はあれどお咎めはありません。もちろん、そもそも国際的な条約の多くに罰則などが設けられているわけではないので、どっちにしても気にしない国は気しないという考え方もあります。しかし、国際的な条約は世界中が守ろうと言って作られた条約であり、遵守しなければ「非常識」であり、「空気が読めない」国認定されてしまいますので、国際条約違反は国の信用という面で著しい損害となるでしょう。
一方、あくまでアジアの一部の国で定められた単なる規範の場合、合意国が違反したとしても大多数の国は詳しい内容も知らないですしどうでもよいことです。仮に中国がこの合意を反故にしたとしても、日米豪比を中心とした中国を警戒している国々から批判が殺到するだけで、中国にとってはそこまで痛くない批判です。
では、こんな規範には何の意味もないのかというとそういうわけでもありません。
規範に記されている重要なルール
海上衝突回避規範(CUES)には、まずある種の「常識」として国際海上衝突予防規則(COLREG)に記されている規則が明記されています。こちらは条約で規定されているもので法的拘束力があるため、公海上で問題が発生した場合にはその規則に基づいて責任の所在が明確になるはずです。
しかし、国際海上衝突予防規則(COLREG)の適用範囲は軍艦を含めた海上の船舶全てではあるものの、こちらは軍艦のために特別に作られた規則というわけではありません。そのため、火器や艦載機に関する決まりについて詳しい記述があるわけではなく、火器管制レーダーを照射したり、無人機やドローンを接近させたとしても条約違反にはならないケースがありました。
一方、海上衝突回避規範(CUES)は海軍向けのシンポジウムで採択された軍艦向けの規範であり、軍艦ならではのルールがいくつか盛り込まれています。まず、規範が適用される対象が無人機やドローンなど、古い条約が制定された頃には存在しなかった対象にまで広がっています。
そして、以下の5点。
- 砲やミサイルの照準、火器管制レーダーの照射、魚雷発射管やその他の武器を他の艦船や航空機がいる方向に向けない。
- 遭難時などを除いて、信号弾やミサイル、ロケット、各種火器などの物体を艦船や航空機に向かって放出しない。
- 艦橋や航空機の操縦席を(探照灯や照明などで)照らさない。
- レーザーを使用し、乗員や艦船の装備に悪影響をおよぼすような行為をしない。
- アクロバット飛行や模擬攻撃を艦船の付近で行わない。
「砲やミサイルを向けるな」というのは至極当たり前のことですが、「火器管制レーダーを照射するな」というのは比較的新しい規則です。火器管制レーダーはいわゆる「ロックオン」に使うための指向性の強い特殊なレーダーです。ほぼすべての軍用機にロックオンを検知するセンサーが搭載されており、ロックオンされるとアラームが鳴り、場合によっては全力で回避運動を行います。ミサイルが登場した現代ならではの規則です。
また、特別な理由がない限り「物を飛ばすな」というのも良い指摘です。火薬の積んでいないミサイルだろうが、殺傷能力の無い信号弾だろうが、直接狙っていようがいなかろうが、危険ですし紛らわしい行為です。特に近年の高感度レーダーだと、ミサイルでなくても飛来物を補足して攻撃だと判断しかねず、何も飛ばさないというのは大切ですね。
艦船に取り付けられている照明(探照灯)というのは地上で使われるものに比べると遥かに強力です。艦橋に照射されれば強力な目眩ましになりますし、ヘリや航空機に照射されれば墜落する危険もあります。ただ、これらの照明は信号としても使うので、照らし続けるなという意味だと考えるべきですね。
レーザーに関する規定も加わったのも新しいです。時々、サッカーの試合などでレーザーポインターを使ったイタズラが話題に登りますが、乗員にイタズラするなと言っているわけではありません。まず、火器管制にレーザー照射を使うこともありますし、そもそも最近の米軍の艦艇には「レーザー兵器」が搭載されはじめているので、それを意図して中国側が指摘した可能性もあるでしょう。
模擬攻撃というのは攻撃訓練などで行われる攻撃の予備動作の事を指しますが、砲やミサイルを向けるだけではなく、相手を攻撃しやすい場所に移動する事も指します。特に、航空機などでは相手艦船に向かって低空で接近したり、まっすぐ降下するだけでも模擬攻撃になりえます。
艦船にとっては敵航空機にミサイルを発射されてからでは遅いため、この動作に入り始めたら即座に反撃できるように訓練されています、配置についた兵士が誤って発砲しないようにするためにも行うべきではないですね。また、攻撃動作でなくとも、艦船の側でアクロバット飛行をするのは危険ですし、攻撃動作に間違われることもあるので控えるべきでしょう。
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