事件の余波
GEDmatchを活用した鮮やかな逮捕劇を皮切りに、遺伝子系図サイトの犯罪捜査への利用はにわかに注目を集めました。
ここで問題になるのはプライバシーです。実際にGEDmatchの管理人は警察から捜査への協力を持ちかけられた際、すぐには首を縦に振りませんでした。最終的には協力することを決めたが、熟慮の末の決断だったと語っています。
この一件以来、GEDmatchは規約を改定。凶悪事件の捜査に限り犯罪捜査にデータベースの利用を許す旨を追加しました。
とはいえ意見は分かれています。現にGEDmatch以外の遺伝子系図サイトでは、犯罪捜査には活用できないことを規約に追加したものもあるほど。
このように、現状ではプライバシーと公益のトレードオフという点が論点になっています。しかしここにはもう一つ、データ収集と活用のためのインフラに関して、政府機関と民間の力関係が変わりつつあるという示唆が隠れているのです。
データが軸となる社会の関係性の変化
警察のDNA捜査は、警察が持つ権限や強制力に加えて、大規模なデータを収集・管理・活用するためのインフラ整備と人手の確保なしには成り立ちません。
何百万、何千万人という単位の人間のデータを収集・管理するということは大規模な人手を要することであり、それほどのリソースを動員できるのは従来であれば国家機構に限られてきました。
ところが近年、この状況は変化を見せつつあります。
いわゆるGAFAが経済の主導的な地位を占めているのは、データ収集と活用を洗練させ、それをもとにユーザーに対して質の高いサービスを提供しているからに他なりません。
このようにデジタル機器とネットワークの発展にともない、データの重要性は増していきました。これは同時に、民間企業でも大規模なデータの収集と管理が可能となっていったことを意味しています。
大規模なデータを確保できるのはもはや国家機構に限られません。日本政府は個人の住所変更の記録は正確にたどれても、買い物の傾向や音楽の好みについてはGoogleやAmazonの方がよほど詳しく知っています。
ゴールデン・ステート・キラー事件の捜査は、民間の、それも小規模の人員で運営される団体が、国家機関よりも良質なデータを保有していたことが明らかになった事例とは言えないでしょうか。
GEDmatchが警察の捜査能力を拡大させたように、その他の政府機関にも民間のリソースを活用することでその機能を改善させられる事例があるだろうことは想像に難くありません。今後政府による大規模データの活用がさらに推し進められるのなら、データのリソースを民間に求める事例が他にも出てくることでしょう。
その動きが進んでいくのならば、企業と国家、そして個別のデータを生み出す個人の関係は今とは違ったものになるかもしれません。趣味の家系図作りが犯罪捜査に役立っているように、ごく個人的なことがらの記録が意外な形で公益に結びつく日が来るのかもしれませんね。