人工ウイルスは危険? 平和利用への取り組み

がん治療

ウイルスの遺伝子を改変し、がん細胞に作用するよう作りかえて治療に活用するということも行われています。

がん治療に使われるウイルスは腫瘍溶解ウイルスと総称されます。その仕組みはウイルスの種類によって多少違います。

がん患者が特定のウイルスに感染した場合、症状が和らぐということは19世紀の終わり頃から知られていました。それが本格的に治療に使われるようになったのは、バイオテクノロジーが進歩した20世紀の終わり頃のこと。ウイルスのDNAを組み替える技術が確立し、望みどおりに振る舞うウイルスを製造できるようになってからです。

その利点は、従来の治療ではカバーできない患者への新しい選択肢となるという点にあります。

たとえば後述するテロメライシンという治療法は、手術や化学療法に耐える体力のない患者向けの治療法として開発されています。

2020年時点で、治験を終えて承認されている腫瘍溶解ウイルスは複数存在します。そして治療の仕組みや、作用するがんの種類もさまざま。皮膚がんの一種であるメラノーマに対しては、アメリカで承認されたT-VECというウイルスが治療に活用されます。

T-VECは遺伝子を組み換えて作ったヘルペスウイルスで、皮膚がんの一種メラノーマの治療薬として開発されました。元々はウイルスががん細胞に感染し、直接細胞を破壊して殺すものだと考えられていました。

研究が進むにつれ、T-VECが体の免疫反応をサポートするはたらきを持つことがわかってきたのです。

人体の免疫機能は、正常な細胞とそうでない細胞を区別し、異常が出た細胞を排除するようにできています。

しかしがん細胞には免疫をだまし、正常な細胞であるかのようにふるまう仕組みがあります。これでは体ががん細胞を排除できません。なので、がん治療には手術や放射線治療、投薬が必要なのです。

T-VECにはその状況を変えることが期待されています。

T-VECはがん細胞を殺すのと同時に、メラノーマに対する免疫反応を促す作用を及ぼすことが実験によってわかってきています。これは潜伏しているがん細胞を体が発見できるようサポートするのと似たはたらき。新たな種類の免疫療法となることが期待されています。

日本からは、岡山大学発のベンチャー企業で開発中のテロメライシンと呼ばれる薬剤があります。

こちらもT-VECと同様、がん細胞に感染して増殖し、がん細胞を破壊するウイルス。

さらに岡山大学の調査では、抗がん剤の効果を高める効果も証明されています。

抗がん剤は、がん細胞の「自殺プログラム」を作動させることで効果を発揮する薬剤。いわばがん細胞に自殺するよう命令するわけですが、がん細胞の中にはその作用を抑制するタンパク質があり、それが抗がん剤の効果を弱めてしまいます。

テロメライシンはそれにさらなるカウンターを加えるもの。抗がん剤の作用を抑制するタンパク質の生成を防ぐはたらきがあるため、治療の効果が高まるのです。

テロメライシンを使った治療は手術が不要で体への負担も少ないため、従来の手術や化学療法に耐えられない患者にも適用できることが期待されています。

まとめ

人工的に作られたウイルスを題材にした創作物はSFでもホラーでもいくつもあります。 現に今の技術は、それが十分に可能な域に達しています。

悪用の可能性があるのが事実なら、ここで挙げられたように、人々の健康に役立つ可能性があるのもまた事実。今後もよい方向へ発展していくことを期待したいです。